グッチのクリエイティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレの創り出す不思議な世界を観ていると、過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしいという言葉の意味を実感する。この人は文句なしの天才だと思う。
ヨーロッパの伝統的な貴族趣味、往年のハリウッドスターたちのゴージャスでキャンプな世界から最新のストリートカルチャーまでミケーレのグッチは、想像しうるすべてのファッションの要素をミックスして最早悪趣味という概念すらブチ壊してしまった。彼の美意識はなんと強靭な胃袋を持っているのだろうと驚くばかりである。
いつだってグッチは、時代を切り拓く男たちと共にあった。
グッチを選択することは、今を生きる男であることの証明である
ミケーレはローマっ子で、彼の母親は映画関係の仕事をしていたという。私が映像や演劇の仕事をしているせいかもしれないが、ミケーレの世界を観ているとひとりの映画監督を思い出す。それはイタリア映画の巨匠、フェデリコ・フェリーニである。奇しくもミケーレの誕生した1972年につくられた『フェリーニのローマ』。このローマという街をテーマにつくられたフェイク・ドキュメンタリー映画が描いた猥雑でありながらも崇高な極彩色のローマの姿はミケーレのグッチと重なり合う。フェリーニはローマを「貴族にして娼婦、道化でもある」と語った。
グッチには陽気なデカダンスという言葉がよく似合うと私は思っている。
グッチの魅力はそのスキャンダラスさにある。そもそもグッチは1921年にフィレンツェで創設した老舗だが、お家騒動で事件も起きている。ブランドの歴史も波乱万丈、フランスを代表するエルメスが今もなお、創業家が堅固に伝統を守り、妙な言い方をすれば優等生的進化を遂げてきたのとは大違いだ。逆に言えば、その波乱万丈がグッチの面白さで、30年前のグッチから今のグッチの姿は想像もできない!
1950年代にアメリカに進出したグッチはハリウッド・スターたちに愛された。紳士物で言えば、今もグッチを代表するホースビットローファーはその象徴である。しかし、1980年代、色彩的にはニュアンスに富んだグレーやアースカラーを中心として、男女を問わずに機能性を重視してつくられたジョルジオ アルマーニの服がシックとされるようになると、グッチの華やかさは古臭く見えるようになった。
そんなグッチを再生させたのは、1994年にクリエイティブ・ディレクターに就任したテキサス生まれのアメリカ人デザイナー、トム・フォードだ。トムは俳優を志していた。グッチを離れてからは映画監督でもある。そんな彼がグッチでつくった服たちからは、よき時代のラスベガス……ザ・ラットパック(シナトラ一家)へのオマージュを感じた。少しシャイニーな生地のグレーのスーツに白いドレスシャツ、グレー系のネクタイなどはフランク・シナトラが好んだスタイルだ。あの粋でイナセなムード……真っ当なジェントルマン・スタイルよりも夜の匂いが強くて艶っぽい。それが新しい時代のリッチな人々の喝采を浴びた。
そして今、アレッサンドロ・ミケーレは古臭いと思われていた昔のグッチが持つ華やかさをアップデートして、時代もジェンダーも軽々と超えてみせた。
フェリーニの名作のひとつ『81/2』のラストでマルチェロ・マストロヤンニが演じる映画監督グイドは言う。「人生はお祭りだ。一緒に過ごそう」。同じ言葉をミケーレは私たちに話しかけてくる。グッチは面白い。グッチはファッションを超えた、エンターテインメントだ。(文・河毛俊作)
※2019年秋号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2019年秋号より
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- STYLIST :
- 櫻井賢之