仕事も人生も、自分らしいスタイルを少しずつ「更新」させながらライフステージの「踊り場」を果敢に乗り越えてきた40~50代の女性たち。現役でいられる時間が延びる人生100年時代の今、自らの心の声に耳を傾けて「生き方や働き方の軸足」自体をシフトさせる人も増えています。
それまでもっていた価値観を見直して、変化させたことで人生がより味わい深く。「新しい働き方」を選んだ女性たちの深化の物語をお届けします。
今回は56歳で投資顧問会社を退社し、宿とフードスタジオの運営に取り組み始めた、植良睦美さんにお話を伺いました。
短距離から持久走へ今後は、楽しみながら長く走り続けたい
グローバルに展開する資産運用会社で28年間働き、時間に追われて仕事をしてきた植良さんが、会社を辞めたのは数か月前のことでした。
24歳で広告代理店から日系の証券会社に入社した植良さんは、女性の雇用や育成が注目されるなか、海外赴任や大きなプロジェクトを任されるなど多くのチャンスが与えられてきました。
転職先のアメリカ系大手投資顧問会社でも順風満帆なキャリアを歩みましたが、一方で120%の力を注がなければならない毎日や、どれだけ時間があっても足りない働き方に、疑問も感じていました。
40代半ばで植良さんは勤務先の許可を取り、副業を始めます。
「もっと日常を大切にしながら、目の前の人に手渡したり反応をもらったり、そんなサービスをしたいと、自宅を改装しビストロのオーナーを始めました」
若手シェフや音楽家たちと店づくりを行い、料理や音楽は評判を呼び繁盛しましたが、「長続きするレストランは片手間ではできない」「才能あるシェフは自らオーナーになるべきだ」と感じ、4年後に閉店を決断しました。
「レストラン経営を経験し、このころから価値観は少しずつ変化していたと思います。店の経験が、私の凝り固まった考えを解放し、お金よりも大切なことのために働くと言う価値軸に。少しずつシフトしていきました」
サービス業は懲りたはずなのですが、と笑う植良さんでしたが、約5年後出張先の京都で、思わぬ出合いが待っていました。
「左京区にある大正時代の日本家屋を見て、ひと目惚れしました。改築して当時の建築様式を再生し、海外の人も日本の美しさを体験できるような宿になったら素敵だなと」。思い立ったら即、行動の植良さん。
日本を代表する左官職人の久住左官に壁と浴室をオーダーするなど、伝統技術が感じられる宿「伽藍下鴨」を完成させ、2019年にオープンしました。
同時に京都で活躍する料理人・船越雅代さんのフードスタジオの運営も開始。さまざまな国籍の人に囲まれてグローバルにビジネスをしてきた植良さんのもとに、今度はローカルに根付き、世代も職種も違うアーティストや職人が集まりました。
「ここからが新たな出発点。以前は金融を取り巻く急激な変化に対して焦燥感もありましたが、一度スピードを落として考えたら、ゆっくり長く走り続ける生き方が見えてきました。しばらくは何十年ぶりの静寂を味わいます」
今の自分を自己評価するなら…?
「まだまだシフトしたばかりの初心者。会社員時代は時間に追われていましたが、今は生活改革中。電車やバスに乗って、ゆっくりと流れる車窓の風景を楽しむことも。ていねいに日々を暮らし、以前とは全然違う目線で世の中をとらえ直しています」(植良さん)
※この情報は2020年3月時点のものです。
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- PHOTO :
- 高木亜麗
- EDIT&WRITING :
- 大庭典子、佐藤友貴絵(Precious)