仕事も人生も、自分らしいスタイルを少しずつ「更新」させながらライフステージの「踊り場」を果敢に乗り越えてきた40~50代の女性たち。
現役でいられる時間が延びる人生100年時代の今、自らの心の声に耳を傾けて「生き方や働き方の軸足」自体をシフトさせる人も増えています。それまでもっていた価値観を見直して、変化させたことで人生がより味わい深く。「新しい働き方」を選んだ女性たちの深化の物語をお届けします。
今回は60代にして専業主婦から作家デビューを果たした、桐衣朝子さんをご紹介します。
人生の転機で踏み切った再就学や決断が、新しい自分との出会いに
2013年、60代にして専業主婦から作家デビューを果たした桐衣朝子さん。初めての小説『薔薇とビスケット』が出版社の賞に輝き、書いた作品は単行本として出版されました。
最新作は2019年に話題になった人気ドラマ、『4分間のマリーゴールド』のノベライズ。編集者に「原作コミックスでは描かれなかった主人公の幼少時代から掘り下げる構成を」と依頼され、コミックスのドラマ化のタイミングに合わせて、文庫本にして300ページ超の作品をわずか1〜2か月で書き上げたそう。
パワフルでエネルギッシュな女性が人生後半でさらに新たなチャレンジを果たしたのかと思いきや、ご本人は「決して思いどおりにはいかない、困難と波瀾万丈の人生でした」と振り返ります。
「40代半ばにして『今こそ自分の足で立って自立しよう』」
「実家は封建的な家風で、経済的な理由もあり、大学進学はできませんでした。英語塾講師の仕事は夫の反対で諦め、やむをえず専業主婦になりました。
それでも『いつか、好きなことを仕事にしたい』『だれかの役に立ちたい』という願いがあり、30代は病弱な娘ふたりのケアをしながら、大学の受験勉強をコツコツと続けていました。
社会人入試を考え始めたのは、娘たちが無事に中学生に成長したあたり。『そろそろ、自分が本当に好きなことをやってもいいのかな?』と思えたのです。
やんちゃで自宅に寄り付かなかった夫に手を焼き、産後うつなどもわずらっていました。それが40代半ばにして『今こそ自分の足で立って自立しよう』と、心の声がむくむくとわき上がってきたのですから、人生とは不思議なものです(笑)」
大学での論文執筆が書くことへの道を拓く
これまでの独学の賜物か、社会人入試準備を始めた翌年に、福岡大学人文学部に合格。カウンセラーとしての就職を視野に入れて心理学を専攻する。現役の学生たちと机を並べて学ぶ刺激的な日々は、桐衣さんのライフシフトを加速させました。
「学生生活はすごく楽しかったです。キャンパスではよく父兄の方に間違えられました(笑)。でもそんなことは問題ではなく、これまで感じられなかった『自分の時間を生きている』実感がとてもうれしくて。論文を書くことも大好きで、あるとき大学院の教授に『あなたの論文は文学的だ』と言われて、書くことへの熱が高まりました」
大学卒業後は大学院に進学して哲学と生命倫理学を学ぶも、就職先が見つからずに挫折を経験。大学復学を目指す日々のなかで、乳がんが発覚する。
「告知を受けたときはショックでした。死を意識して初めて、『自分の存在価値を見出せないまま死ぬのは悲しすぎる』と思ったのです。そして、この絶望感や孤独な気持ちを書き留めて、同じような境遇にある人が読んで背中を押されたり、癒やされるものを小説にしてみたいと考えたのです」
術後3日目の病室で書き始めたその作品を機に、桐衣さんは作家として新たな人生を歩み始めました。
利己から利他へ。人を喜ばせることで満たされて
「思えば、最初は夫からの自立を目指した、自分のための改革でした。それが、好きなことを仕事にできたことから生き方がさらに転換。最近では『利他』の精神を大切にしています。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、人のために尽力すると、自分自身も救われる。喜んでもらえると、倍うれしくなるのです。
次回作は強迫性障害をもった新人漫画家の男の子が、自分の人生を切り開いていく物語を書いています。実は私自身もこの症状に悩んでいた時期があり、これまでは伏せてきました。今は、苦しんでいる方たちに自分の経験が少しでもお役に立てばと願いながら、心を込めて執筆をしています」
今の自分を自己評価するなら…?
「新しい作品が執筆できて、娘たちも漫画家としての足元が固まって。これまで生きてきたなかで今がいちばん楽しく幸せです。でも今の自分の人生を評価するならまだ50点。何かを恐れることなく、強く優しく、成熟した人間に成長していきたいです」(桐衣さん)
- PHOTO :
- 眞板由起(NOSTY)
- EDIT&WRITING :
- 谷畑まゆみ、佐藤友貴絵(Precious)