未来を憂うより、明日に向かって前を向く……それができる「精神」こそ、ラグジュアリー
ディオール、サンローラン、三宅一生、芦田淳……。20代から名だたるデザイナーのコレクションにてヘア&メイクを担当し、30代は雑誌、広告、映画、舞台ほか幅広い世界で美を表現。80代を迎えた今でも現役の美容家として活躍する川邉さんは、ラグジュアリーをこう定義する。
「『心』の問題ね」
明治から続く美容業の老舗に嫁ぎ、プライドをもって働く義母の背中を見て、導かれるようにこの道へ。
「当時は社会的地位が低く、『結髪さん』なんて呼ばれるのがすごく嫌で。着る物を変えれば対応が変わるはずと、オートクチュールをまとって現場に出たことも。なんだか信じられない話だけど、それほど差別や偏見が耐えられなかったのね」
戦いの日々を送る一方で「貴重なものを目にしてきた」と語る。
「世界的な著名人の贅を尽くした邸宅に入ることができ、その人たちがだれにも見せないベッドルームにまで出入りできるのがこの仕事。するとすべてが見えてしまうの。地位や名声を手に入れて、何不自由ない暮らしをしているこの人が『本当に幸せなのかどうか』ということが」
そこで学んだのが「人生で本当に大切なものは何か」だった。
人が触れ合うことで生まれる『心の温もり』。それこそが宝物
「人が触れ合うことで生まれる『心の温もり』。過酷ながら充実した仕事の現場で、それこそが宝物なのだと実感するようになりました。たとえば喉から手が出るほど欲しい物を手に入れても、極論をいうと一か月も経てばただの物になるのよね。もちろんその瞬間はハッピーだし、身につければ優雅な気持ちになるけれど、言葉は発しないし、心が通い合うこともない。でも人間は違う。愛し合うことができ、仲違たがいしても元に戻ることまでできる。そのやりとりが育む温かな絆は格別だから」
もともと華やかな環境や金品に興味がなく、「この仕事は止まったら終わり。新しい分野を切り拓くのが使命」と自らのキャリアにも執着がない。そんな川邉さんだからこそ、「ラグジュアリーとは『心』の問題」と語ることに真実味があるのだ。
「ラグジュアリー、それは心のありよう。だから自分で生み出すことができるの。『今日一日リッチな気分で過ごそう』と自分の心模様を自分で決める。それができる精神こそがラグジュアリーではないかしら。生きていれば、嫌なことや辛いことは日常茶飯事。それでもひと握りのきらめきを探して慈しむため、自らメンタルを変えるの。それだけよ」
コツはあるのか、と聞いてみる。
「そんなものはないわよ(笑)。しいていえば、周囲からの助けに気がついて、その感謝を巡らせること。若いころにはできなかったけど、今はできるようになった。ラグジュアリーな年代に入ったと心から思う」
今、最高に贅沢と感じるのは「泳いでいるときかしら」と笑った。
「10往復ぐらいして水から上がると、心が平和なムードで満たされているのを感じるの。なんだかチープ? いえ、これが今の私の最上級のラグジュアリー。これから、未来がどう変わるかなんてわからない。明日には明日の風が吹く。だからこそ今日一日をどんな気分で過ごすのか。その精神を磨いていきたいのです」
※掲載した商品は、すべて税抜です。
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- 浅井佳代子
- STYLIST :
- 宋 明美
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- 川邉ちがや
- WRITING :
- 本庄真穂
- EDIT&WRITING :
- 兼信実加子、喜多容子(Precious)