キャビン後方にエンジンを積むミッドシップ・スポーツカーに実用性を求めるのは酷。なのだが、マクラーレン「GT」は前後に荷室を備えた、かつてないほど実用的なモデル。それでいてパフォーマンスはスーパーカーのそれだ。だからこそ、サーキットで走らせためるためでなく、普段使いしてこそ真の贅沢といえるだろう。自動車ライターの佐藤篤司氏が、高性能と現実的な使いやすさを兼ね備えた「GT」の無二の魅力に迫る。

カーボンファイバー製の敷居をまたぐ

流れるような低いフォルムのマクラーレンは、クルマに詳しくない層の間でも認知度が高まっている様子。
流れるような低いフォルムのマクラーレンは、クルマに詳しくない層の間でも認知度が高まっている様子。
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大きなアイキャッチでもあるのが、翼のように開くディへドラルドア。軽量で強固なボディ剛性を実現したモノコックボディの、高いサイドシルがおわかりだろうか。これをスマートにまたいで乗る淑女がいたら(もちろんパンツスタイルで)、最高に格好いいと思う。
大きなアイキャッチでもあるのが、翼のように開くディへドラルドア。軽量で強固なボディ剛性を実現したモノコックボディの、高いサイドシルがおわかりだろうか。これをスマートにまたいで乗る淑女がいたら(もちろんパンツスタイルで)、最高に格好いいと思う。

マクラーレンのエンブレムを掲げているということは、生半可なドライビングスキルではステアリングを握ることさえ許されない−−。そんなイメージを抱く人も多いはず。ところが昨年の初夏に日本に上陸した「GT」は、インポーター曰く「日常的な快適性や利便性を優先的に考えた、マクラーレンの新機軸のスーパーカー」。利便性の高さが特長と言われても、どういうことなのか、すぐには理解できなかった。しかし、実際に「GT」を素肌で感じる機会が訪れ、走らせてみると、それはもう新たな発見に満ちていた。

前方に跳ね上げるディヘドラルドアを開けると、シートとの間を隔てるようにカーボンファイバーの太いサイドシルが現れる。コイツをまたいで乗り込むようにして、地面に座り込むような位置にあるシートに着座する。このドライビングポジションを取るだけでも一般的なクルマとは異質であり、市販車でほかにあるといえばロータスくらい。

スポーツカーファンにとっては、「これこそマクラーレン、これこそスポーツ」に違いない。だが、多くの人にとって、この一連の動作はスポーツカーに乗る資格があるかどうかを試されているような、ある意味、踏み絵のようなものだと感じる。

「これしきの不自由を我慢できなければ、超弩級のパフォーマンスと異次元の運転感覚を味わうことを許さない」という敷居の高さがあるのだ。という意味ではまさに文字通りのサイドシル=ドア下の敷居なのだが。

さらには、ドライバーの背後に4リッター、V8ツインターボ、最高出力620馬力、最大トルク630Nmのエンジンが鎮座する。その気になれば、0〜100km/hまでの加速時間は3.2秒、0〜200km/hまでの加速時間が9.0秒、そして最高速度326km/hという超絶的な世界を味わわせてくれる。このクラスとしては相当に軽量な1483kgのボディを軽々と別世界に運んでいってくれる実力の持ち主だ。

にもかかわらず、乗り込むまでの一連の動作の先に待っていたのは、万人が快適に、気軽に、楽しく味わうことができる極上の世界だった。

ドライバーの技量に合わせてフレキシブルに走れる

タイトなのに窮屈さを感じないコクピット。シートの角度調整スイッチがわかりにくい場所にあることを除けば(座面の下の前左端)、ほとんどの人が不満を感じることはないだろう。
タイトなのに窮屈さを感じないコクピット。シートの角度調整スイッチがわかりにくい場所にあることを除けば(座面の下の前左端)、ほとんどの人が不満を感じることはないだろう。
ミッドシップカーならではの、ボンネットトランク。深さがあり、ボストンバッグも積みやすい。
ミッドシップカーならではの、ボンネットトランク。深さがあり、ボストンバッグも積みやすい。

620馬力ものパワーを持つエンジンと少しずつ折り合いを付けながら、ゆっくりと慎重に走り出す。だが5分もすると、エンジンに秘められた凶暴な一面はすっかりどこかに消え失せていることに気が付く。なんとも穏やかな乗り心地、ノーズの短さによる見切りの良さ、まるでビスポークの靴をはいているかのようなフィット感、ステアリングの自在感、そのすべての感覚がジャストなのだ。

ひとつだけ気になるとすれば、ブレーキングの初期の制動が少しゆるめで、効きが甘い。これとて慣れてしまえば想定内であり、踏力に合わせて制動力が増していくという、実に理に適った感覚でもある。

馴染んでくると市街地であっても高速であっても、ドライバーに“速く走ることを強要しない”ことに気が付く。ただただ持てる力を誇示するようなスポーツカーは、実はとても疲弊するものだし、いささか下品ですらある。一流のスポーツカーこそ、メリハリがきいていて柔軟を使い分けることができるものであり、だからこそ真の大人の乗り物として成立する。その点で「GT」は“一流”だ。

そして走り出して30分もすると、まるで体の一部のようになっていることに気が付くはずだ。ひょっとしたら、この運転フィールならスポーツカーの硬い乗り味が苦手な女性でも十分にいけるのではないだろうか……。そんな気分になりかけたとき、もうひとつの敷居があることを思い出した。

最初からなんとなくわかっていたことだが、段差を越えたりするときに注意しないと、フロントスポイラーの下端をこすってしまう可能性があるという点。結論からいえば、しっかりと対策は施されている。「GT」はほかのマクラーレン車と同様に、そうした状況で通常はアプローチアングルが10度のところ、車両リフトシステムを作動させることによって13度にまで上げることができるようになっているのだ。同時に最低地上高も110mm、車両リフトシステムを作動時させると130mmと高く設定されているので、段差の乗り越えやお腹を擦るような場面でのストレスはかなり軽減されると思う。街中での使いやすさを考えた装備だが、敷居を下げ、実用性を高めるためには必須の装備である。

試乗を終え、軽い力でも跳ね上がるドアを開け、マクラーレンがいうところの日常的な快適性や利便性を確認する。エンジンルームの上部には容量420リッターの荷室があり、ゴルフセットが積める。さらにフロントボンネットを開ければ容量150リッターの荷室が出現し、こちらも小型のトランクなら楽々と入る。これはスーパーカーとしては、かなりゆとりのある荷室空間だ。最初の敷居を乗り越えさえすれば、日常性の高いGTのドライビングと使いやすさ、イザとなれば超弩級の走りを見せてくれるスーパーカー。コイツを日常的に使いたいという人には見逃すことのできない選択枝だ。

縦長の後部トランクは深さこそ浅いが、バッグの形状を工夫すれば複数個積める。このマクラーレン「GT」については、8月6日に発売されるメンズプレシャス夏号でも紹介するので、お楽しみに!
縦長の後部トランクは深さこそ浅いが、バッグの形状を工夫すれば複数個積める。このマクラーレン「GT」については、8月6日に発売されるメンズプレシャス夏号でも紹介するので、お楽しみに!
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【マクラーレン「GT」】
ボディサイズ:全長×全幅×全高:4,683×2,045×1,213mm
車重:1,483kg(Dry)
駆動方式:MR
トランスミッション:7速AT
エンジン:V型8気筒DOHCターボ 3,994cc
最高出力:456kw(620PS/7,500rpm)
最大トルク:630Nm/5,500~6,500rpm
価格:¥26,450,000(税込)

問い合わせ先

マクラーレン オートモーティブ


 
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この記事の執筆者
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで「いかに乗り物のある生活を楽しむか」をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。