創業1903年の「髙橋洋服店」は、銀座最古の歴史を誇る仕立て服店である。明治の頃から現在も、多くの名士たちの服を仕立て、当人たちを唸らせてきている。名を連ねればキリがないが、内務大臣や帝都復興院総裁などを務めた後藤新平、ノーベル文学賞を受賞した川端康成といった粋人たちが愛した名店だ。

 歴代の当主たちを遡れば、洋服研修でドイツ・ベルリンに留学した2代目、スコットランド・エジンバラで開催された“ロイヤル・ファッションショー”に出品した3代目、「ロンドン カレッジ オブ ファッション/ビスポーク テーラリングコース」を日本人で初めて卒業した4代目の純氏。現社長でマスターカッターを務めるのが、純氏である。将来、店を引き継ぐ5代目の翔氏は、イタリア・ローマの名サルトリア「ルイジ ガッロ」で修業し、技を磨いた。

日本のスーツスタイルを確立した銀座最古のテーラー

世界で通用する「髙橋洋服店」のスーツつくり

  • ビル1階のエントランスのショーケースに入った「髙橋洋服店」の案内。そこには、仕立て服に対する矜持が記されている。
  • 現当主の高橋 純氏。常にスリーピースを着用する。同店の文化や服のスタイルをその着こなしから伝える。
  • 純氏の子息であり、5代目となる翔氏。「髙橋洋服店」伝統の技術にローマの名店で養った感性を織り交ぜながら、日々服づくりに邁進する。
  • 今回選んだ濃紺の無地。ノーブルな雰囲気が漂う正統的な色合いこそ、スリーピーススーツのデザインによく似合う。英国産による同店のオリジナル生地だ

 115年にわたり連綿と受け継がれ、ヨーロッパの技と文化が溶け込んだ服づくり。「髙橋洋服店」のスーツには日本を代表する独自のスタイルが表現されていることを、実はあまり知られていないのかもしれない。これまで私は、幾度となく同店を訪ねて取材してきたものの、なかなかスーツを注文する機会がなかった。しかし、遂にスーツを仕立てたのである。伝統的な銀座の粋が漂い、国際的な世界の舞台で通用する洗練されたひとつの服の回答でもあった。「髙橋洋服店」のスーツの真髄を細部にわたって実感したのだ。

 すでにスーツが完成した今、時は少々経ってしまったが、今年1月、晴海通りに面した銀座4丁目の「髙橋洋服店」を訪れた。店舗は、ビルの3階にある。エレベーターを降りると、すぐ右側に威厳のある礼服が収められたショーケースを備え、左の方に進むと接客用のテーブルが見え、夥しい生地が収納された壁いっぱいの生地棚と大きな裁断台がある。さらに壁面に、1930年代の『エスクァイア』に掲載されたファッションイラストレーターの巨匠、ローレンス・フェローズのイラストを飾る。何度も通い見慣れた店内だが、その日は取材ではなく、いよいよ念願のスーツを仕立てるときであった。

 まず、生地選びから入った。いつか「髙橋洋服店」で仕立てる日が来るなら、フォーマルな匂いをたっぷりと含んだスーツにしようと考えていたため、生地は、ベーシックなネイビーかグレーに絞り込んでいった。しかも無地。同店のオリジナル生地で、英国の名門機屋で織った1mあたり290gの丁度いい目付け具合。スーパー120Sの強撚糸による程よいツヤを湛え、しなやかなうえしっかりとしたコシを感じる。フォーマルなシーンだけではなく、普段でもよりシックに着られるように、深い濃紺を選んだ。

 採寸は、ベテランの純氏が担当する。手際よくメジャーを操り、体の要所を測る。採寸した数値を翔氏がそばで書き取る。ときおり、純氏は、体全体のバランスや雰囲気を感じ取るため、私から少し距離をとって眺める。これまで幾度となく経験してきたイタリアのサルトリアに比べると、かなり細かいところまで採寸するのが、印象的だった。

 デザインはスリーピースにした。「髙橋洋服店」に限らず、スーツを仕立てるときは、もう随分前からスリーピースかダブルブレストが中心になり、フォーマル感のある深いネイビーの生地を選んだことから、スリーピースに気持ちが傾いた。

 ジャケットはシングルのふたつボタン。サイドポケットはフラップを付けず、ノーベントの仕様で、よりフォーマル感を高めた。パンツにも、クラシックなスタイルを盛り込んだ。2プリーツの仕様で、サイドアジャスターをデザインしたベルトレスのタイプ。そしてヴェストは、襟付きのシングル6つボタン。英国サヴィル・ロウの香りも漂う、変則的なボタン位置のデザインだ。

「髙橋洋服店」を何度も取材していることから、同店のハウススタイルをわかっているつもりである。ハウススタイルを尊重しながら、どこまで自分の好みのデザインを取り入れていくか。生地選びや採寸を通して、純氏や翔氏と会話しながら納得のいくスーツのデザインを具現化していく。オーダーメイドは、まだ見ぬスーツを想像しながら、ひとつひとつスタイルやライン、ディテールなどを詰めていく過程が、このうえない醍醐味となるのである。

――後編に続く――

問い合わせ先

  • 髙橋洋服店 TEL:03-3561-0505
  • 住所/東京都中央区銀座4-3-9 タカハシクイーンズハウス3階
    営業時間/11:00~19:00 日曜・祝日休み
この記事の執筆者
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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