多くの日本人にとって、ロシアは心理的距離を感じる国のひとつだろう。彼の国に単身で乗り込み、現地にはないスナックという文化を持ち込んだ恵美子ママが、ロシアに興味を持ったきっかけは18歳のときに読んだ小室直樹氏の『ソビエト帝国の崩壊』やタルコフスキー氏の映画だったそうだ。

ロシア愛が高まり、30歳にして子連れカザフスタン留学!

画面越しにかんぱ〜い!
画面越しにかんぱ〜い!

「九州の片田舎育ちで高校時代にハードロックバンドを組むなど、人と違うものに惹かれるタイプでした。フィギュアスケートやバレエも好きだったから、そこからソビエトへの関心が高まりました」

そう話す恵美子ママが初めてこの国を訪ねたのが1989年。ロシアになる前、ソ連の時代だ。

『BAR清水』の店内の様子
『BAR清水』の店内の様子

現地の空気を知ってロシアへの思慕は増すばかりだったが、東京でOLとなり、結婚・出産し、日本人女性として一般的なライフステージを歩んだ。

それでも思いは分かちがたく、26歳で大学に編入学してロシア文化なども学び、30歳のときには子どもと2年間カザフスタンに語学留学もしたという。その後しばらくは気持ちを封印しながら日本で暮らしていたが、47歳になった2015年、15年振りに一人で訪露したことで再燃する。

「昔からロシアに住むことが夢だった、って思い出したんですよね」

『BAR清水』開店2周年パーティの一コマ。OGのスタッフからお祝いの花束をプレゼントされた
『BAR清水』開店2周年パーティのひとコマ。OGのスタッフからお祝いの花束をプレゼントされた

ロシアから帰国直後、ある人から「モスクワでスナックを始めたら? あなたはママの仕事がぴったりだから」と、そそのかされたのがきっかけとなり、モスクワ初の和風スナック開店に向けての奔走の日々が始まる。

水商売未経験の恵美子ママは、昼間は会社員として働き続けながらスナックやバーで水商売修行をし、調査のため何度か現地に長期滞在もした。

恵美子ママのバイタリティ溢れるエピソードに、いちいち感心してしまう
恵美子ママのバイタリティ溢れるエピソードに、いちいち感心してしまう

ロシア人はハシゴ酒をほとんどせず、食事からデザート、カクテルまで一軒でじっくりと楽しむ。イギリス式のパブや高級なバー、ラウンジはたくさんあるが、純和風スナックはない。さらにリカーを取り扱うためにはアルコールライセンスが必要で、店舗面積の規定や警備員の常駐など細かな制約が入る。日本とは真逆の文化的背景の中、どうやって日本式のスナックを根付かせればいいのか。

『BAR清水』で働くロシア人スタッフたち。普段は思い思いのドレスを着ているが、この日は開店2周年パーティとあって、彼女たちは着物で接客した
『BAR清水』で働くロシア人スタッフたち。普段は思い思いのドレスを着ているが、この日は開店2周年パーティとあって、彼女たちは着物で接客した

『BAR清水』が目指すところは、異国でがんばる日本人に憩いの場を提供すること。想定しているメイン客は日本人駐在員に、スナックで憩う日本の遊びをモスクワで選択肢の一つとして加えてもらうにはどうしたらいいのか。試行錯誤を経て、4名の女性ロシア人スタッフを雇い、2018年1月、ついにモスクワ史上初の純和風スナック『BAR清水』をオープンさせた。

開店後もロシア人客を迎えるため、リカーだけでなく、食事のメニューを充実させる必要があり、日々学びながら改善を積み重ねたと言う。

2周年パーティでは、日本のアニメキャラクターのコスプレをしたロシア人スタッフの姿も
2周年パーティでは、日本のアニメキャラクターのコスプレをしたロシア人スタッフの姿も

水商売未経験で、異国の地でスナックをオープンさせる。並大抵の努力ではない。ここまでのバイタリティを発揮できた理由はなんだったのだろうか。

「好きなことをしていない人生なんて、死んだようなもの。その一心で走り続けている感じです」

次なる夢は『BAR清水』二号店を東京に出店すること

河野さんが「ロシアの人は日本人に対して、どういう風に思っているんですか?」と尋ねると、民間レベルではロシア人の多くが親日派だと恵美子ママは返す。

恵美子ママとアマルさんの優しい対応に、河野さんもリラックスしてオンラインスナックを楽しめた
恵美子ママとアマルさんの優しい対応に、河野さんもリラックスしてオンラインスナックを楽しめた

「ロシアは全体的な教育水準が高く、世界情勢を万遍なく勉強している人が多いです。日本の漫画やアニメといったサブカルチャーも人気ですが、どちらかというと伝統的な文化に興味を持っているロシア人が多いですね」

実際日本企業に就職した『BAR清水』のロシア人女性スタッフもいるそうだ。

日本の駐在員を中心に常連客がつき、経営も順調。日本とロシアの架け橋となる存在になりたい、という恵美子ママの夢に近づいていた矢先に起こったのがコロナ禍だ。

『BAR清水』開店2周年パーティでスタッフに指示を出す恵美子ママ
『BAR清水』開店2周年パーティでスタッフに指示を出す恵美子ママ

モスクワは3月末から2ヶ月半以上のロックダウンの態勢が敷かれた。ロシア人を対象にしたリピーターの多いレストランは、それなりに売り上げが回復したが、『BAR清水』の中心顧客は日本人駐在員。自粛生活を強いられている駐在員が以前のように通うのは難しく、一旦閉店を余儀なくされている状況だ。

一方でコロナ禍がなければ、『BAR清水』も恵美子ママのことも知ることができなかったわけで、オンラインスナックを楽しんだ者としてもどかしい気持ちが湧く。

モスクワ初の和風スナックをオープンさせた恵美子ママの夢は尽きない
モスクワ初の和風スナックをオープンさせた恵美子ママの夢は尽きない

「コロナが収束したらモスクワのお店も再び開きたいです。それと、もう一つ夢があります。東京・四谷に『BAR清水』の二号店を出すこと。ロシアに駐在していた人が集うサロン的な場を日本に作りたいですね。東京には元スタッフのロシア人女性も住んでいますし、交流の場を持ちたいなって」

モスクワ観光と恵美子ママのやる気に満ち溢れた話を聞いていると、あっという間に2時間がすぎた。

河野さんに今日の感想を尋ねる。

「国境を越えると知らないことばかりだし、ママの行動力のすごさに感心の一言。『好きなことをしないと死んだようなもの』って言葉は特に響きました。コロナ禍が終わって、最初に行きたい海外はロシアです(笑)」

「オンライン飲み会に感じがちなタイムラグもなく、スムーズにお話できました」と河野さん
「オンライン飲み会に感じがちなタイムラグもなく、スムーズにお話できました」と河野さん

異国のママと気軽に交流できるのが、オンラインスナックの魅力だ。コロナ禍で今までのように飲みに行けないと悲嘆するのではなく、オンラインスナックで新たなスナックを知る楽しみを見つけようではないか。

【BAR清水】

BAR清水

問い合わせ先

  • BAR清水
    オンラインスナック横丁料金/1名30分¥2,500、1名60分¥3,700、2名60分¥6,000、3名60分¥8,000
    オプション:ママにビール飲ませ放題¥500、ママにワイン飲ませ放題¥3,000、ママにウィスキー・コニャック飲ませ放題¥8,000
    ※モスクワ観光は初回入店の場合のみ、リクエストに応じて行っています(通常メニュー料金に含まれる)。
この記事の執筆者
フリーランスのライター・エディターとして10年以上に渡って女性誌を中心に活躍。MEN'S Preciousでは女性ならではの視点で現代紳士に必要なライフスタイルや、アイテムを提案する。
PHOTO :
小倉雄一郎(小学館)