「ヤバそうなタイトルの本はなるべく避けることにしてるんだけど」
―穂村弘さん
『世界で一番すばらしい俺』というタイトルからはヤバさを感じる。だが、これは実は短歌の下句なのだ。一首全体を見るとこうなっている。
膝蹴りを暗い野原で受けている世界で一番すばらしい俺
これはこれでヤバい。でも、タイトルだけを見たときとはヤバさの方向性が180度変化している。暗い野原でいじめを受けているのか、リンチに遭っているのか、いずれにしても、その状態で「世界で一番すばらしい俺」と云えるのは異様なメンタルの持ち主だろう。
非常時に壊せる壁を壊すのはオレには無理だオレにはわかる
宇宙から声がとどいて靴下はきのうのやつをもう一度履く
世の中にはいざという時に頑丈な壁を壊して誰かの命を救える人もいる。でも、オレは「非常時に壊せる壁」もうまく壊せないだろう。この感じわかる。次のは、昨日の靴下をもう一度履いたのは宇宙からの指令のせいだったという主張だ。
作中のオレが強いのか弱いのかわからない。そこが面白い。惨めなくせに妙に堂々としている。地面スレスレのところで腹を括って生きているように感じる。
普通は高く綺麗なところに憧れて、なるべく楽にそこを目指したい、と思うものじゃないか。だが、作中のオレは違っている。惨めにもがくことを怖れない。そこに裏返しの強さを感じるのだ。
- TEXT :
- 穂村 弘さん 歌人
- BY :
- 『Precious12月号』小学館、2020年
- PHOTO :
- よねくらりょう
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)