これからの大人色、アルマーニのグレージュが名品たる理由
服飾評論家・林 信朗が考える名品哲学
ぼくは’70年代最後の年にファッション誌のエディターとしてキャリアをスタートした。その翌年のゴールデンウイークだったと思う、リチャード・ギア主演の『アメリカン・ジゴロ』(1980年)を観たのは。
ショックだった。舞台のロサンゼルス・ビバリーヒルズで金持ちマダムとベッドを共にするジゴロという商売がまかり通っていることに驚いた。次いで、主人公ジュリアンを演じるリチャード・ギアの男前ぶりとミケランジェロのダビデ像のような肉体にどうしようもないコンプレックスを感じた。だが何より衝撃を受けたのは、次から次へと着替えるジュリアンの洗練された服装ジョルジオ・アルマーニの手によるワードローブだった。
参考までに書くが、’80年代までの日本のメンズファッションはアメリカン・スタイルが大手をふっていた。スーツでいえば、いわゆる「トラッド」で、ナチュラルショルダーのシングルブレステッドの3つボタン、2つボタンが主流。男は既製品のスーツを百貨店で買う時代だった(主だった百貨店には「トラッドコーナー」まであった)。
カジュアルウエアに至ってはアメリカ的なもの以外はほぼ皆無。それはTシャツであり、スエットシャツであり、ボタンダウンのシャツであり、ジーンズであり、ヘビーデューティなパーカやダウンジャケットであった。
ところが『アメリカン・ジゴロ』のアルマーニの服は、それらとまったく違うシロモノだった。舞台はロスなのに、ジュリアンの服からはイタリアとヨーロッパの匂いがクラクラするぐらい香ってくるのだった。
スーツの上着やジャケットは、芯地を徹底的に削いだアンコンストラクテッド、いわゆるアンコンで、いかにもエアリー。着るというより羽織る感じは、今やメンズウエアの基本スタイルとなっている。襟もアメリカン・スタイルのテーラリングでは滅多に見ることがないピークドラペルだ。前合わせに至ってはダブルブレステッドの2-1(2つボタン1つ掛け)というカーディガンのような軽やかさ。
だが、それらデザインや着こなしの特色以上に際立っていたのが色であった。なかでもアルマーニ・カラーの象徴と言っていいグレージュだ。パームスプリングのリーマン宅を訪れるときのジャケットスタイルなど、グレージュのグラデーションでカラーコーディネートされている。
着る人の個性を立ち上がらせる、特別な色「グレージュ」を味わう
ナローラペルのゴージの上あたりからアームホールに向かってヨークが走っているグレージュのジャケットには、更に薄いグレーのシルクシャツ。ナロータイも基調はグレー。ベルトも靴もグレージュの濃淡。ダークカラーのパンツ以外はすべてグレージュのスペクトルというスタイリングは、それまでの日本のメンズファッションにはないものだった。
当時も今もメンズウエアでグレーといえばビジネスマンのスーツカラーだ。誠実さ、協調性、落ち着きなどが伝わる色。ところがそこにベージュをブレンドするとどうなるか。上品さが加わる。エレガンスが加わる。そしてベージュの持つ血色感は無機質なグレーにさりげなく人間の温かみ、体温を与える。
グレーがオフィスのイメージカラーとするなら、ベージュは自室や自宅を感じさせるプライベートカラー。グレージュはまさにその間にある街並みやレストランやホテル、バー、公園と親和する色であり、そんな場所に素敵なマダムを伴うリチャード・ギア=ジュリアンにこれ以上の相応しい色はない…ぼくは日比谷の映画館の座席に深く腰掛けながらピアチェンツァ生まれのデザイナーの天才的色彩術に打ちのめされていた。
映画は1980年公開だから、ギアのコスチュームを用意した1979年当時のアルマーニは45歳。1975年に満を持して創立した自身のブランド〝ジョルジオ アルマーニ〞が世界のトップバイヤー、ジャーナリストの注目を浴び、デザイナーとしての確信に満ち〈これが私のデザインだ〉と世に問うたのが『アメリカン・ジゴロ』のコレクションであり、グレージュはそのフラッグシップカラーだ。
その確信は40年を経た現在にも引き継がれ、〝ジョルジオ アルマーニ〞のメンズ、ウイメンズのコレクションでは主として、ときには従としてこの色がカラーパレットから欠けることはない。男性はご存知ないかもしれないが、メイクアップラインである〝ジョルジオ アルマーニ ビューティ〞ではアイシャドウにも使われているほどなのである。
2019年に行われたレディス誌『プレシャス』のインタビューでマエストロ自身も「自然でニュートラルなカラーを好む私にとって、グレージュは控えめでエレガントな存在。(中略)極上の素材のもつ美しさを最も引き立ててくれる色でもあります。それゆえ、グレージュは、『アルマーニ』のクリエイションの根本となる色といえます」と認めている。
この確信はコロナ渦でその方向性を問われるファッション界にとってひとつの指標になると思う。
人々がオフィスから自宅やカフェ、サテライトオフィスなどで仕事をする新たな時代、良くも悪くもオフィスを体現するグレーに代わり、より親密で人間性を感じさせ、合わせる色によって個人が立ち上がってくるグレージュは、大人色の一番手ではないのか。マエストロの恐るべき先見性には脱帽するしかない。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
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- 川田有二(人物)、唐澤光也(RED POINT/静物)
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