地中海コート・ダジュール。マルセイユ、サン・トロペ、カンヌ、ニース、アンティーブ、モナコ……。19世紀に避寒地として華開いたニースを中心にコート・ダジュールはイギリス貴族たちのリゾートとして発展し、ヨーロッパの貴族たちも後に続く。グリマルディ家のモナコがカジノと港で急速な発展を遂げる。
以来モナコでは、ベルエポック華やかなりし時代から連綿と続くエスタブリッシュメントの、軍艦でも商船でもない個人のフネ=ヨットでのリラクゼーションがトップトレンドとなる。その後もヨッティング文化は熟成されていく。フード、モード、パーティ。貴族、ブルジョワジー、セレブリティたちの自由時間はこうしてフローティング・ヴィラで過ごす海の上が当たり前となった。
移動できる極上サロンへの招待状、ラグジュアリー・ボートの世界へようこそ
ここではわかりやすくヨット=ラグジュアリー・ボートとする。その設えは地上のヴィラ以上に選りすぐられた素材でのビスポークだ。チーク、マホガニー、オークの温かいウッド素材はデッキやフローリング、トリム、ウォール、様々に生かされる。耐水加工の選び抜かれた本革やファブリックを使ったトップブランド製のソファ、チェア、テーブル。今ではエルメス、アルマーニ、B&Bイタリア、ポルトローナ・フラウ……。こだわりにあふれたサロンはオーナーの審美眼の証となる。
充実したギャレー=キッチン。専用のカトラリーにカップ、グラス、ソーサー類、ワインセラーにワイングラス、シャンパングラス。freeからformalまでのドレスコードに対応可能な設えが用意されている。何組かのカップルの宿泊が可能なステートルームは4つ星ホテルのスウィートルーム以上のエレガントなインテリアが迎えてくれる。オーナーステートルーム、VIPルーム、ゲストルーム。それぞれにパウダールームが付帯する。ベネチアンタイルの貼られたシャワールーム、いつも心地よいものをそばに置く。
オーナーの選択は長きにわたって継承されたエスタブリッシュメントの美学が無意識に働いた結果でもある。デザイナーはマリンのみならず様々なジャンルのハイセンスを感受してイクステリア、インテリアを描く。すべて海の上の選ばれし人のために。
遊びをせんとや生まれけむ。究極の遊び、ボーティングライフを知らずして遊びを極めたと思うべからず。
選ばれし人しか立ち入れない、世界のボートショー
世界のボートショーは毎年秋、コート・ダジュールのカンヌから始まる。春の映画祭と同じ晴れやかさを誇り、映画祭に負けず劣らず、大きな話題になる。途方もない贅沢の証、数十億円はする150フィートクラスを含め最新モデル500艇が欧州からはもちろん、アメリカ、オーストラリア等から集結する。ヘリポートには絶えずVIPが飛来し、沖にはオーナーたちのメガヨットが浮いている。
もちろん料金を払えば一般客も入場できるが、50フィートクラス以上の艇にはインビテーションがなければ船内を視察することはできない。試乗も事前予約が前提だ。通常はオーナー本人ではなく代理人が試乗する。週末はそれぞれのボートブランドが自分たちの展示ヤードで趣向を凝らしたパーティを始める。もちろん招待状は必須。社交の華、サロンクルーザーの最新トレンドを知ることができるのがカンヌだ。
2月はアメリカ・フロリダのマイアミ・ボートショーが話題になる。ヘミングウェイでおなじみのビルフィッシュトーナメント艇を筆頭にフィッシング専用艇が整然と並ぶ。マキシ、メガ、ギガクラスの大型艇はフォンテンブローやエデン・ロック等のホテルに面したコリンズアベニュー沿いのカナールに居並ぶ。ここもやはり乗船はインビテーションオンリー。欧米共にその敷居を越えた時にマリタイムのエンターテイナーになれるというものだ。
「アニエッリとフネ」世界一ボートが似合ったダンディ
20世紀最後のKing of Italy、実業界のTycoon、イタリアで最も重要な私有工業グループFIATの元オーナー、ジャンニ・アニエッリ。
その名を知らないイタリア人はいない。彼は、現代イタリア史上最も裕福な人間で、殆どの有名イタリアンブランドの車メーカーを配下に置く等、FIATを世界規模の大工業グループに育て上げた。ジャンニの世界的な名声は、彼の個人的なパッションと深く関係している。それらは女性、フェラーリ、フットボール、そしてボートと、男なら誰もが好きなモノ全てに、一般では考えられないほどのコミットと、型破りなアプローチとExtravagance(途方もない浪費)をしている。
少年のころからセールボートは避暑や社交の極々日常的な道具だった。長じて、世界をまたにかけるビジネスマンとして、セーリングやラグジュアリーなクルーザーはJFK、キッシンジャー等の大物たちとの付き合いには必要不可欠なものだった。
また、彼のアグレッシブな性格と、ユベントスやフェラーリとの拘わりを見ても、世界の誰よりも早く、徹底的にコミット(フェラーリもユベントスも自分のものにする)するというやり方はボートの世界でも踏襲された。アメリカズカップ初出場のイタリア艇AZZURRAやブルーリボンとバージン・アトランティック・トロフィを制した大西洋横断最速のDESTRIEROへの投資に観られる。パワーボートやレース用の速さ(最高時速50ノット!!)を愛するのも特徴だ。そして彼ほど多くのボートを、世界的に有名なデザイナーや設計者に制作させた者はいない。それらの艇は業界で流行になりボートの新ジャンルを開拓したほどだった。
60歳を越えてから、彼の海に対する情熱はさらに大きくなった。ラグジュアリーボートF100には、ヘリを常に搭載し、ジャンニが望めば、海が荒れていようが、いつでも出航する準備が整っていた。彼は疑いもなく、スピード・パーフォマンス・ビューティをボートに求めた、先駆者且つイノベーターだったといえる。
イタリアの夢RIVA 48 Dolceriva
ミラノの北、湖水地方のイセオ湖畔で1842年にRリーヴァivaは生まれた。コモ湖畔がそうであるように上流階級の多様な趣味生活にボートが加わった時、Rivaは卓越した品質と存在感で注目を集めていく。3代目のカルロ・リーバが生みだしたオールマホガニーのラナバウトAquaramaは工芸品の趣で映画スターやセレブリティたちを虜にした。ブリジット・バルドー、リチャード・バートンとエリザベス・テーラー。近年ではジョージ・クルーニーも名を連ねる。
Rivaは、現在110フィートまでラインアップを持つが、ここでは注目の最新モデルを紹介する。クラシカルな趣を秘めたRivaのオープン艇がそれ。その名はDolceriva。甘いリーバ、と呼ぼうか。多くのイタリア人が好む映画「La dolce vita(甘い生活)」からのインスパイア。そのテーマは艶やかさの中に潜む人生の機微、危うさ短さ。人生の煌めきへの感受性を呼び戻してくれるアイコンでもある。その名を持った48 Dolceriva。たたずまいは「やはりRivaはオープン」の神髄を見せつける。ロングノーズのバウデッキ、深く傾斜したフロントウインドウと一体化しそのまま流麗にスラントし収束するボートテール。
シャープ且つ瀟洒でエレガントなフォルムに思わず息をのむ。メタリックシルバーの船体、サイドのハルウインドウ(舷窓)を隠しながら刺激するブラックの面ラインの切込み、アフトデッキに駆け上がるキャラクターラインを形成し、斬新とクラシックトレンドの融合を見せながら新たな美に昇華する。喫水に引かれたRivaブルーの一条のライン。
これはクラシックRivaの象徴、その復活を表す。バウには繊細極まりないマホガニーのウッドデッキが広がる。Rivaを象徴するフラッグポールとスポットライト、低く設えられたセイフティガードが工芸美を見せる。ウッドデッキはマホガニーの薄板12枚を張り合わせ、仕上げのニス塗りは20回以上という職人芸が創り上げた逸品だ。多くのマエストロたちが178年の歴史を誇るイセオ湖畔サルニコのヒストリックRivaヤードで技術の粋を見せる。一目にしてDolcerivaの全てを認知する。
Aquaramaに象徴されるRivaラナバウトのトレンドを引き継ぎながら最新モードを纏わせクラシックモダンの神髄を見せる。美形と二人でこのフネを浮かべて誰も知らない海に行こう。1週間分の食料を積もう。どのポートにもおいしいレストランはあるが、島まわりの入り江にアンカリングして数日過ごそう。おいしいお酒を、白と赤、ロゼ。もちろんシャンパンも。気が向いたらまた走ろう。太陽がいっぱいのエンドレスサマーにお似合いのオープン艇、もう誰にも文句は言わせない。
海のスーパーカーPERSHING8X
見せつける。傾斜したフロントウインドウからルーフへのライン、大胆且つダイナミックなピュアシルバーの船体、エレガントな弓状ラインが流れるダブルウインドウ、後部のルーフからの華麗なアーチ。「アーチウイング」と呼ばれる白鳥のウイングをイメージしたピラーが伸び、船体と一体化を図る先鋭的なスタイリングは8Xの大胆な試みだ。ポートサイドの「アーチウイング」は2階フライブリッジへのラダーに仕立て上げられた。
弧を描きながら登る、その行為そのものがステージになる演出がまた素晴らしい。機能性能をデザインに昇華させるイタリアの美神が隠れ住む。前方の操船席迄見通せるワンルームのサロンラウンジ。
自由へのリラクゼーション空間が広がる。ラウンジはレザーやファニチュア、トリム材などPoltrona Frauの演出で光と色彩を生かしたCozyな趣が展開する。メインサロンのハイテックで清廉な趣は更に落ち着きを重ね合わせ、ロアフロアに用意される4ステートのリラクゼーションゾーンへと広がり収束する。夏の終わりの地中海、朝9時。気温25度、南南東風5m。波高1m。試乗に出てみた。操船席は静寂が支配している。リズミカルな波音がはるかに流れ来るだけだ。レースボートに採用されるサーフェスドライブシステム。
左右2機計5276psの駆動力を得たプロぺラが推進力に変換するには「間」が必要だ。キャプテンのスキルが問われる水を嚙む数秒の間合いと勘。船体の傾斜角度トリムの管理、ドライブユニットの上下アングルによる駆動の伝達効率、そのすべてのバランスが取れた時にエンジンからの出力が確実に駆動に代わり、水の抵抗の少ない水平面に近いエリアで推進力として生かされる。それを探り摑むのがキャプテンの熟練の技だった。
なんと今はEasy Set SystemつまりAI制御がそれをやってくれる。オート/マニュアルモード切り替えがワンタッチで可能となった。サーフェスドライブの革命だ。シームレスな加速が続く。ステアリングを切りこむ。ダイナミックなターン、ターン時の心地よいスライド感、S字の切り替えしから直線加速、そのすべての爽快感がパーシングダンシングだ。41.0ノット、これが巡航速度。静寂を保つ室内、フロントスクリーンから先の海面を見ているだけならこの速度で走行している感覚はない。ここで最高速を試してみる。
なんとスムーズにMAXで50.0ノット!また新たな神話をたたき出した。オートモードで全てを管理し、バランスがとれた時の美しい水煙、それは確実に水を摑み速度に乗っていく証。操船シートから振り向くとルースターテールの中に地中海のコバルトブルーが映り込み、プロバンスの山々が水煙に霞んでいる。鮮やかな色彩のリゾート群の色調が重なり合い蜃気楼のようなファンタジーが広がる。8XでPERSHINGは未体験ゾーンの異次元移動体に昇華したようだ。PERSHINGエクスタシーへの誘いが始まる。
日本の海で躍動するサロンクルーザー ヤマハ PRESTIGE 520 FLYBRIDGE
フランス生まれのPRESTIGE520。直線基調のフォルムはシャープで清廉な印象だ。フロントウインドウからサイドウインドウ、ぐるりとたっぷりのグリーンゾーンを見せる。ゆとりのリラクゼーションゾーンを持つ先端部。2階フライブリッジも広々、好感度大だ。
Home SweetHomeのキャッチフレーズ通りの性格がわかる。PRESTIGE(品格、品位、威信)の名が示す気高さを保持しながらも、親しみやすさを醸し出す気配が漂う。そのデビューは2017年8月だった。PRESTIGEはヨット、セールボートの名ブランド、フランスJeanneauのグループとして誕生した。1989年GarroniデザインのオープンPrestige41誕生、パワーボートPRESTIGEブランドの誕生となる。PRESTIGE創設の重要な役割は、イタリアはジェノバのGarroni デザインの存在だ。
Vittrio Garroni とCamillo Garroniの生みだすハイセンスはクルーズ船からリゾートやクルマまで幅広い。日本とも縁が深く「飛鳥」や「クリスタルハーモニー」も彼らのデザインフィロソフィーが生きている。イタリアンモードはフランスのエスプリと融合し続けている。後部から乗り込む。ハイドロアシストで上下降するスイミングプラットフォームはウッドラダーを伴い海へのアクセスサポートに極めて有効だ。デッキゲートを開け後部デッキに。チークフローリングの床、L字ソファにテーブル。右舷側にサイドドアを持つ。
右舷接岸時の乗降に極めて有効なドアだ。採光豊かで実にルーミーなメインサロンに入ってみる。ホワイトとウッドの淡いブラウンのトーンコントロールが効いたモダンリビングが広がる。サロンに入りすぐ左に大型冷凍冷蔵庫と最新機材をそろえたフル装備のキッチンがある。使いやすさが嬉しい。
中央ワインキャビネット脇の右にはロアデッキのオーナーズルームへのアクセス路がある。ラウンジを形作るソファとテーブルは左側にコの字型のファブリックのソファ、その前に大型のチークテーブルがある。対面する右舷にはL字のソファがある。その前方に操船席が用意され、二人掛けの操船シートがある。そのシートバックが電動で前方へ移動することでサロンシートに変身する。そこに使い勝手の良いラウンジが現れる仕掛けだ。またそのシートの右側にはスライド式のドアがあり、サイドデッキにアクセス可能。
ラウンジを抜けだしキャノピートップを張りサンベッドを敷いた前部デッキに、すぐに向かえる利点がある。右舷前方に操船席がある。オークのウッドテーブルの上に整然とコンソールが置かれブラックアウトされたパネルにタッチスクリーンのGPS&レーダーモニター、エンジン関連マルチモニターが配置される。ステアリングホイールの右手にはエンジンコントローラーが置かれ、その前方にはIPSのジョイスティックにスラスターレバーが位置している。
横揺れ防止のジャイロシステムも搭載、抜かりはない。ロアデッキに降りると前方にVIPキャビンがある。両サイドのウインドウからの採光も豊富で落ち着いた空間が確保され専用のパウダールームが用意される。左舷には2ベッドルームのゲストステートがある。オーナーズステートはサロン後端右舷からのアクセスによる。実に広々としたスペースにキングサイズのベッドがリラクゼーションを呼び起こす。
インテリアのトリムやウォールにはオーク材が採用され落ち着いた演出が施されている。ソファ、ドレッサー、クローゼット、ゆったりとしたパウダールームは右舷前方に。もちろんシービューのウインドウからは水面の煌めきが見え、たっぷりの採光も心地よい。フライブリッジに上ってみる。左舷前方に二人掛けのシートを持つ操船席がある。右舷はサンベッドが敷かれ、その背後はソファ、後部はL字型ソファにチークテーブルが用意されている。操船シートの背後にはBBQグリルとシンク付きバーカウンターを持つキャビネットと至れり尽くせりだ。
横浜沖で試乗テストを試みる。すべてスムーズに展開している。20.0ノット、カタログ上のクルーズ速度は22ノット、22.5ノットで確認。トップスピードはカタログ上26ノット、ここでは27.6ノット。MAX28.5ノットを確認。素晴らしいパフォーマンスだ。あらためて思いをはせる。清廉でエレガントな設え、すべてのインターフェースはこのフネで遊ぶ人たちに向けて設えられている。ヤマハが選んだわけがそこにある。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
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- WRITING :
- 山㟢憲治