かつてベージュのステンカラーコートは、サラリーマンの象徴であった。そんな呪縛から解放された現代、我々はもっと、この機能的で使い勝手のいいレインコートを活用すべきである。日本における、その使われ方の源流をたどりながら、毎日の着こなしを楽しむ着こなしのコーディネートを紹介しよう。

「軽く、丸めて持って歩け、寒くなっても雨が降っても凌ぎがつく」レインコートのことを、作家の森茉莉は職業人的なコートであり、同時にロマンティックな雰囲気も持っていると評した。そんなレインコートは、近年サラリーマンの象徴としてのくびきから逃れることで、その本来の魅力をぐっと増している。

「レインコートはいうまでもなく雨のためのものであるが、いわゆる合外套(あいがいとう)のかわりに使うこともできる。そして私などは、晴れた日にも、好んでこれを用いている」(大田黒元雄著、朝日新聞社刊『はいから紳士譚』所収「洋服閑談」より)。

レインコートが秘めた哀しみは人生を味わい深くするスパイスだ

レインコートには、形としての定義は存在しない。よって軽い撥水性を持たせたコットンギャバジン生地から、バブアーに代表されるオイル引きのコットン、1960年代頃から主流となった化繊のものまで、世の中には様々なタイプが存在する。中でも人気が高いのが、コットン生地にラバーコーティングを施したマッキントッシュクロスのコート、通称『マックコート』である。19世紀半ばに英国で開発されたこちらは、完全防水であることに加え、特有のハリ感が特徴。どんなに雨が降っても凜々しい姿をアピールできるのだ。各¥168,000(マッキントッシュ青山店)

 音楽評論家・大田黒元雄は大正元年に初渡英し、以後もたびたび外国を訪れている「はいから紳士」である。この単行本に収められているエッセイの多くは第二次世界大戦前に書かれたもので、右に引いたものも初出は1933年(1959年に加筆)とある。初出原稿にはあたれていないが、ここから、少なくとも加筆が行われた1959年までには、レインコートが降雨時以外にも積極的に着用されていた、つまり晴雨兼用だったということがわかる。

 われわれはどうも「兼用」という謳い文句に弱い。男女、晴雨、昼夜などのあとに「兼用」がつくと、実に便利と思ってしまう。これは20世紀に始まったことではなく、もともと装飾的な意味合いもあった日傘に晴雨兼用のものが登場したのは1850年代末である。ことほど左様に、飽くなき「兼用」の探求は現在まで留まるところを知らない。やや話は逸れるが、日本の高度経済成長を支えたビジネスマンが一時期こぞって着ていたベージュのステンカラーコート(アクアスキュータムのサイトでは、現在でもいわゆるステンカラーコートはレインコートと表記されているように、元来雨外套的要素が強い)は、晴雨兼用という便利な機能が内包する効率的性格から、その時代の精神性を象徴しているようにも思えるがいかがだろう。

 さて、冒頭に引いた文に再度注目すると、レインコートはあくまでも雨のときに着ることが主であると示されている。つまりレインコートは「晴れの日にも」着られるものであった。元来はそういうものであったが、いつの頃からか「雨の日にも」着られるコートとなり、レインコートという呼び名はあまり聞かれなくなって久しい。このことを別の角度から眺めるならば、レインコートにおける雨をしのぐという機能をファッション性が追い越し、その意味を変容させたといえはしないだろうか。

 こうした逆転現象が起こるには、そのものに使い手の自由裁量を受け付けるだけの余白、つまり本来の使い方から逸脱できるだけの余地が必要とされる。このことは、ジーンズやワーク・ウエア、ミリタリー・ウエアなどを思い起こせば明らかだろう。機能や使途のあるものは、そこに留まらないときに初めてファッション・アイテムとして新たに生を受け、広がりをみせるのである。その視点をもって現代におけるレインコートを考えるならば、機能素材を使ったものであろうが目の詰まったウールのコートであろうが、好みのものを選べばよろしい。忘れてはいけないのは、ある程度撥水性のある素材のものを選んでおくことぐらいであろうか。突然の雨に降られたら『個人教授』のルノー・ヴェルレーよろしくコートの襟を引っ張り上げて頭を包もう。(文・青野賢一/BEAMSクリエイティブディレクター)


雨天ならずとも着たくなる、現代のレインコート

写真左/レインブーツで有名な英国ブランドハンターのレインコート。パリッとした質感のナイロン生地に中綿を仕込み、モッズコートのようなデザインに仕上げた一着は、徹底的に機能的なつくりだがどこか洒落た印象も併せ持つ。ホワイトのコットンパンツやフレンチカーフのUチップに合わせるような、フレンチトラッドな着こなしがおすすめだ。コート¥62,000(ハンター ジャパン) ジャケット¥73,000(バインド ピーアール〈イレブンティ〉) ニット¥42,000(スローウエアジャパン〈ザノーネ〉) パンツ¥28,000(八木通商〈GTA〉) ストール¥24,000(ビームスF 新宿〈フランコ フェラーリ〉) 靴¥110,000(J.M. WESTON 青山店)
写真右/ゴアテックス社製の防水透湿クロス『ラミナー』を使った、ハイテクレインコート。ダウンの中綿が入っているので、軽やかだが保温性も抜群。フードを外してよりクラシックに着こなすことも可能な、優れものである。あえてウールフランネルのスーツと合わせ、素材のコントラストを堪能したい。コート¥98,000(ヘルノ プレスルーム) スーツ¥255,000(八木通商〈ベルヴェスト〉) シャツ¥21,000(ビームスF 新宿〈ギ ローバー〉) タイ¥15,000(ユナイテッドアローズ 銀座店〈エリコ フォルミコラ〉) 靴¥86,000(トレーディングポスト青山本店〈クロケット&ジョーンズ〉) 傘¥127,000(ヴァルカナイズ・ロンドン〈フォックス・アンブレラ〉)
写真左/ウールの紡毛生地にポリウレタンコーティングを施したパーカ。イタリア製だがどこか英国的な無骨さもあるこんなコートは、あえてローゲージニットやウールのパンツ、ラバー製のレインブーツでタフに装ってみては?首元にはマフラーではなくスカーフをあしらえば、単なるカントリースタイルではなく、街中にふさわしい華やぎも薫るはずだ。コート¥89,000〈アスペジ〉・パンツ¥39,000〈ベルナール ザンス〉/以上ビームスF 新宿 ニット¥87,000(シップス 銀座店〈インバーアラン〉) スカーフ¥27,000(トゥモローランド〈ブレック〉) 帽子¥23,000(ハケット ロンドン 銀座) ブーツ¥16,500・ブーツ用ソックス¥4,000(ハンター ジャパン)
写真右/パリにアトリエを構える英国人のブランド「ミスタースミス」がつくれば、レインコートもここまで粋に! コットン100%の超高密度コットン生地は、パキッとした質感と華やかな発色が自慢。優雅にすそが広がる、Aラインのシルエットも素晴しい。相性のよいブラウン系のベストやコーデュロイパンツと合わせて、パリっぽいカラーコーディネートを楽しもう。コート¥160,000(トゥモローランド〈ミスタースミス〉) ジレ¥38,000〈フォルテラ〉・パンツ¥34,000〈PT01〉・マフラー¥23,000〈ジョンストンズ〉/以上ビームスF 新宿 ニット¥35,000(トレメッツォ〈タリアトーレ〉) 靴¥46,000(エリオポールメンズ銀座〈ソロヴィエール〉)

※価格はすべて税抜です。※価格は2016年冬号掲載時の情報です。

この記事の執筆者
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MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコート
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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クレジット :
撮影/熊澤 透(人物)、戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 構成/山下英介(本誌)