かつてベージュのステンカラーコートは、サラリーマンの象徴であった。そんな呪縛から解放された現代、我々はもっと、この機能的で使い勝手のいいレインコートを活用すべきである。日本における、その使われ方の源流をたどりながら、毎日の着こなしを楽しむ着こなしのコーディネートを紹介しよう。
「軽く、丸めて持って歩け、寒くなっても雨が降っても凌ぎがつく」レインコートのことを、作家の森茉莉は職業人的なコートであり、同時にロマンティックな雰囲気も持っていると評した。そんなレインコートは、近年サラリーマンの象徴としてのくびきから逃れることで、その本来の魅力をぐっと増している。
「レインコートはいうまでもなく雨のためのものであるが、いわゆる合外套(あいがいとう)のかわりに使うこともできる。そして私などは、晴れた日にも、好んでこれを用いている」(大田黒元雄著、朝日新聞社刊『はいから紳士譚』所収「洋服閑談」より)。
レインコートが秘めた哀しみは人生を味わい深くするスパイスだ
音楽評論家・大田黒元雄は大正元年に初渡英し、以後もたびたび外国を訪れている「はいから紳士」である。この単行本に収められているエッセイの多くは第二次世界大戦前に書かれたもので、右に引いたものも初出は1933年(1959年に加筆)とある。初出原稿にはあたれていないが、ここから、少なくとも加筆が行われた1959年までには、レインコートが降雨時以外にも積極的に着用されていた、つまり晴雨兼用だったということがわかる。
われわれはどうも「兼用」という謳い文句に弱い。男女、晴雨、昼夜などのあとに「兼用」がつくと、実に便利と思ってしまう。これは20世紀に始まったことではなく、もともと装飾的な意味合いもあった日傘に晴雨兼用のものが登場したのは1850年代末である。ことほど左様に、飽くなき「兼用」の探求は現在まで留まるところを知らない。やや話は逸れるが、日本の高度経済成長を支えたビジネスマンが一時期こぞって着ていたベージュのステンカラーコート(アクアスキュータムのサイトでは、現在でもいわゆるステンカラーコートはレインコートと表記されているように、元来雨外套的要素が強い)は、晴雨兼用という便利な機能が内包する効率的性格から、その時代の精神性を象徴しているようにも思えるがいかがだろう。
さて、冒頭に引いた文に再度注目すると、レインコートはあくまでも雨のときに着ることが主であると示されている。つまりレインコートは「晴れの日にも」着られるものであった。元来はそういうものであったが、いつの頃からか「雨の日にも」着られるコートとなり、レインコートという呼び名はあまり聞かれなくなって久しい。このことを別の角度から眺めるならば、レインコートにおける雨をしのぐという機能をファッション性が追い越し、その意味を変容させたといえはしないだろうか。
こうした逆転現象が起こるには、そのものに使い手の自由裁量を受け付けるだけの余白、つまり本来の使い方から逸脱できるだけの余地が必要とされる。このことは、ジーンズやワーク・ウエア、ミリタリー・ウエアなどを思い起こせば明らかだろう。機能や使途のあるものは、そこに留まらないときに初めてファッション・アイテムとして新たに生を受け、広がりをみせるのである。その視点をもって現代におけるレインコートを考えるならば、機能素材を使ったものであろうが目の詰まったウールのコートであろうが、好みのものを選べばよろしい。忘れてはいけないのは、ある程度撥水性のある素材のものを選んでおくことぐらいであろうか。突然の雨に降られたら『個人教授』のルノー・ヴェルレーよろしくコートの襟を引っ張り上げて頭を包もう。(文・青野賢一/BEAMSクリエイティブディレクター)
雨天ならずとも着たくなる、現代のレインコート
※価格はすべて税抜です。※価格は2016年冬号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコート
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- クレジット :
- 撮影/熊澤 透(人物)、戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 構成/山下英介(本誌)