「大きく変わってきたのは、やはり音楽との付き合い方だと思います」
安藤夏樹さんのそんな指摘に思わずうなずいた。CDからダウンロード配信へ。ダウンロード配信からストリーミングへ。振り返ればこの展開がスピーディだったと思う。アナログレコードからCDに移行していく時間よりもずっと早かったのだ。
「是非はともかく選択が軽やかになってきているんですよね。音楽を聴く環境にしてもそう。椅子とオーディオでこだわりのシステムを組み、いっそ音楽のためにもうひと部屋作ってしまえというような、そんな感覚の時代もありました。でも今は、『限られた空間で最大限楽しむ』という考え方にシフトしている気がします」
安藤さんとともに今回提案する名作チェアとオーディオの組み合わせは5つ。それぞれに「クラフト感とモダン」「ジャズ」「非日常感」「ホームオフィス」「ホームシアター」といった個別のテーマを内包している。ぜひご一読のほどを。そしてあえて付け加えるならば、自信をもってオススメするこれらの組み合わせもあくまで参考なのだ。ベストなコンビネーションは、おそらくライフスタイルの数だけ存在する。この企画が「チェア&オーディオのマイベスト探し」の入り口となれば、幸いである。
名作チェアとオーディオのベストコンビネーション
コンビネーション1|クラフト的な温もりとモダンな価値が共存する
木の力強さと美しさが際立つデザイン。それがジョージ・ナカシマの作品に共通する個性といって差し支えないだろう。
「木以外の彼のプロダクトを僕は知りません。“Wood Worker(木匠)”を自認していたナカシマは、モダンインテリアの素材として、木の可能性をとことん追求したデザイナーといえます」
多くの名作のなかから安藤さんが選んだのは、自然の無垢板を使い、片側に設定した肘掛け(注文する際には左右どちらかを選ぶことができる)が特徴的な『ラウンジアーム』だ。アシメトリーなデザインのなかに武骨と洗練が共存する、個性の強い一脚。ナカシマがデザインから製作まで一貫した家具作りを始めたのは、太平洋戦争が佳境を迎えた1944年のこと。戦前は建築家としてキャリアを積んだ彼だが、戦後は木工家具作家のパイオニアとして広く知られる存在となった。
「ナカシマは、どんなデザイナーも、どんな大工も選ばないような木にも美しさを見出し使いました。自然の割れや傷も、その木の生きてきた証として丸ごと愛したそうです。それゆえ、でき上がった作品には生命力が溢れています。木に家具としての第二の人生を与えるという視点こそ、パイオニアたる所以ではないでしょうか」
木という素材の可能性を具現してくれる名作チェア『ラウンジアーム』。その相棒となるオーディオはやはり、クラフツマンシップに基づくモダンを感じさせるような、木を素材に用いたものがふさわしいのではないだろうか。
「モデルは違いますが、私自身も使っている“チボリオーディオ”のラジオスピーカーを組み合わせてみました。だれもが直感的に操作できる、愛らしく普遍的なデザインが魅力。デザインホテルなど高感度な施設に設置されているのもうなずけます。正面から見るとアシメトリーなデザインという点も、『ラウンジアーム』と共通している。小さいけれど十分なパワーがあり、音質も申し分ありません」
“チボリオーディオ”の創設者であり最初のスピーカーを設計したヘンリー・クロスは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の出身。実はジョージ・ナカシマもワシントン大学、MITに学び、建築学修士号を取得している。
「ともにMITで学んでいたというのは偶然ですが、木という素材の新たな価値を追求する姿勢が共通していると思います。“チボリ”のラジオにも“ナカシマ”の椅子にも、どこか知的な雰囲気がありますよね」
没入する快感を味わう名作チェアとオーディオのコンビネーション。一番手はこの、「木のプロダクトから漂う温かみとモダンな価値」をテーマにした組み合わせから提案したい。
写真をご覧のとおり、“ジョージナカシマ”の椅子の堂々とした佇まいと、“チボリオーディオ”のコンパクトでスマートな顔つきという「大小のコントラスト」も、メリハリがきいていて楽しいと思う。
「大きな『ラウンジアーム』に身を委ねて、小さな“チボリオーディオ”のスピーカーで音楽を楽しむ。どこか洒脱ですよね。椅子もオーディオもプロダクトのクオリティは抜群ですが、気どったり威張ったりする感じがまったくない。そんなところも今の時代に合っているような気がします」
コンビネーション2|ジャズを愛した椅子とジャズに愛されたスピーカー
外階段の踏板などに用いられる建築資材、エキスパンドメタル。インダストリアルそのものといえる素材で作った『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』こそデザイナー倉俣史朗の代表作であり、彼のイノベイティブな精神を余すところなく表現した椅子だ。
「こんな素材は前代未聞(笑)。倉俣は近年、アジアのデザインシーンにおいて再評価の機運が最も高いデザイナーです。今年2021年は没後周年ということもあり、さらなる盛り上がりが予想されます」
そんな現状に加え、安藤さんがこの椅子をピックアップする決め手となったのは、とりもなおさず音楽であった。倉俣史朗はジャズをこよなく愛していたのである。
「パンチングメタルを採用した椅子『シング・シング・シング』、1986年に発表した『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』ともに、ジャズのスタンダードナンバーと同名なんです」
ならばオーディオも、かつて日本のジャズ喫茶において高いシェアを誇っていたスピーカーにスポットライトを。“ジェービーエル”往年の名機『L100センチュリー』のデザインを受け継ぐ最新モデルだ。
「椅子もオーディオも、伝統的なフォルムを踏襲しながら、革新的な素材や機能でアップデートしている点が共通。ソリッドな外観も最高にマッチしています」
コンビネーション3|デザインのおもしろさが極上のエンタメ空間を演出
「この組み合わせが何を表すかひと言でいえば“非日常感”。いろんな意味でエンターテインメントに逆風が吹きつける昨今ですが、この椅子とオーディオがあれば完全なるエンタメ空間が成立します」
マーク・ニューソンの快作『エンブリオチェア1988』と、演奏されている曲の歌詞がヴィジュアライズされるスピーカーの組み合わせ。理屈抜きの楽しさがあり、見ているだけでワクワクする。
「そもそもこの椅子、どう座ればいいのか戸惑いますよね。ベンチのように横向きに座るのか、跨いで背もたれを抱えるのか。もちろん正解はなくて、それこそがデザインのおもしろみだと思います」
「エンブリオ」は直訳すれば「胎児」の意味。形状が胎児のように見えるからなのか、座る人がいろいろな姿勢をとる様が胎児のようだからなのか。いずれにしても、見ても座っても楽しい椅子なのである。
「ある時代から『課題解決をカタチで行う』ことがデザインの存在意義になっていったように思います。少し言葉は悪いのですが、デザインというものがいつしか小さくまとまってしまった。この現状に是も非もありません。ただこの椅子とスピーカーが楽しいのは、使い勝手ではなく世界観で勝負しているからだと思うんです」
コンビネーション4|仕事も音楽も等しく楽しみたい人のために
「オフィスチェアってなぜこの色、なぜこのデザインなんだろうと疑問に感じることが多いんです。少なくとも家で使いたくなるものがない。一方、海外には優れたデザインの高級オフィスチェアが多数あります。ただそのような椅子を自宅にもってくると、それはそれで違和感がすごいんです」
そんなジレンマを見事に解消してくれるのが、オフィスチェアの名門“イトーキ”の新作『バーテブラ』である。
「端的にいって“自宅にマッチする稀有なオフィスチェア”だと思います。長時間座っていても疲れにくく、ダイニングにもっていってもなじむ。絶妙ですよね」
昨年のコロナ禍以降、在宅勤務を続ける人はずいぶんと増えた。そして音楽を聴きながら仕事をする人も少なくないと思う。
「ヘッドホンは長時間のリスニングでも快適なつけ心地のものがいい。もちろんパソコンとの相性も重視すべきです」
ならば椅子同様、日本人になじみの深い日本のメーカーで。ヘッドホンは“オーディオテクニカ”のトップエンドモデルを、アンプやD/Aコンバーターは省スペースを意識してコンパクトなものを。仕事も音楽も一緒に楽しんでしまおうというしだいだ。
コンビネーション5|“出ているのに隠れている”ミニマルデザインの終着駅
1971年の発売以来、世界中で愛され続けている名作ソファ『マレンコ』とそのオットマンである。温かみがあり、かつミニマルなフォルム。オーディオもまたムダのないデザインが美しい、“ボーズ”のホームエンターテインメントシステムをチョイスした。どちらもだれもが認める傑作だ。
「これぞ“椅子で音楽を楽しむ”ための王道ではないでしょうか。『ぜひお試しあれ』以上に言うことがありません(笑)」
安藤さん曰く『マレンコ』にはすっぴんの美しさがあるという。主役になれるデザイン性と存在感をもちながら、周囲を威圧することなく空間になじんでくれる。
「“ボーズ”のオーディオやスピーカーもそうなんですが、決して悪目立ちすることがない。“出していても隠れている”感じなんですよね。デザインの地力が違う」
そして実際に使ったときのポテンシャルが(当然だが)きわめて高い。『マレンコ』の座り心地のよさ。“ボーズ”の迫力あるサウンド。なによりプロダクトとして、本質的に優れているのである。
「ふだんはそっけない顔。でもいざ音楽を聴こう、映画を観ようとすれば、きちんとその世界観に没入させてくれる。できそうで、なかなかできないことです」
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2021年春号より
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- PHOTO :
- 唐澤光也(RED POINT)
- STYLIST :
- 伊藤良輔
- WRITING :
- 加瀬友重
- EDIT :
- 安部 毅(本誌)