ドレッシーなウールコートと聞いて、チェスターフィールドコートを思い浮かべるのは、間違いではない。だが、現在のそれは、多くがディテールを簡素にしたものであり、本質を見えにくくしている。本物だけが放つ大人の色気、ぬくもり感を知らずして、紳士の装いを極めたとはいえないのだ。イラストレーターのソリマチアキラ氏が、ドレスコートの代表格であるカヴァートコートをめぐる幸運な出会いのエピソードを語る。
襟にビロードが付いたタイプがチェスターフィールドコートの原型
大人の男の姿を完成させる服を挙げるならば、スーツに並ぶものとして、コートもそうであろう。肩、後ろ姿から発するぬくもり感、腰から下へ向かう長いラインが大人の色気を醸し出すのである。
僕がはじめて、本格的なウールコートを誂えたのは2005年の秋のこと。以前に男性誌で加藤和彦さんの連載コラムでイラストを担当していたとき、その記事で加藤さんがすすめていた「カヴァートコート」というものが、ずっと気になっていた。当時の東京ではあまり見かけたことがなかったそのコートは、カヴァートクロスという、英国のカントリー系の綾織り又は繻子織りの専用生地で仕立てる。形は短めのシングルチェスターフィールドといった感じで、そでにボタンは付かず、そで口とすそに4本のレールロードステッチが走る。そして上襟にはベルベットが付いた、クラシックなスポーツコートである。このコートのことを、加藤さんが魅力たっぷりに伝えている、1999年当時の記事から引用させて頂くと、「ブラウン系のこのカヴァートクロスは、コートがスポーティーな感じを漂わせているにもかかわらず、紺のチョークストライプのスーツなどに合わせると、エレガントになる。やや外してタキシードなどに合わせても洒落ている。セーターの上に着ても良し。深夜の来客?の折りに、ガウンが見つからずこのカヴァートコートを羽織るといった対応もできるのである」
ドレッシーに着てもカジュアルに着てもサマになるという、この万能コートを僕はほしくてたまらなくなった。ロンドンの「J・C・コーディングス」というカントリーウエアの専門店で、レディメイド品は手に入るというのだが、是非ともビスポークで仕立てて着てみたいと思った。
この記事を読んで6年が過ぎた秋の日に僕は、スーツを誂えるつもりで、なじみのテーラーを訪れると、店内の隅にトルソーに着せられた、茶系のウールコートが目に入った。上襟にベルベットが付き、フロントは比翼仕立て、そでとすそには特徴的な4本のステッチが……。
僕が、その場にいたオーナーに、「これ、カヴァートコートですね」と訊くと、「そうです!」と彼はそのコートを見つめながら答えた。
ずっと頭の中にあった憧れの形が実物で目の前に現れたのである。僕はスーツのオーダーをやめ、「今回はこのコートをお願いします」とオーナーに伝えた。
仕立て上がったコートは、体にピタリと沿ってすそに向かってきれいなフレアを描いた。少し光沢のある目の詰まったヘヴィな生地は、身にまとうと想像以上に暖かい。乗馬服由来のこのコートは、大好きなサイドゴアブーツとも相性がよい。そしてセーターやコーデュロイパンツなどを合わせただけでも、エレガントにカジュアルアップが成功する。もちろんスーツにはおれば、ジェントルマンのムードである。このコートを手に入れて11年目になるが、毎年そでを通すのが楽しみになっている。そしていつしか年季の入ったカヴァートコートを着て、街をゆったりと歩く老人の自分を今、イメージするのである。(文・ソリマチアキラ(イラストレーター))
※価格は税抜です。※2016年冬号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコート
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- クレジット :
- 撮影/戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 構成/山下英介(本誌)