独自の服飾文化を持つオーストリアで18世紀中頃に生まれたといわれる、伝統的な狩猟用アウター「ローデンコート」。北イタリアをはじめとするヨーロッパ全域で、その高い機能や防寒性は根強く支持されてきた。まだまだ日本人にとってはなじみが薄いこのコートの魅力と活用法を、ここでは本邦初披露といこう。

珍しい非ミリタリーアウターは素朴な表情とシルエットが魅力

LODEN COAT ローデンコート

オーストリアのチロル地方で織られる、暖かさと軽さ、丈夫さを兼ね備えたウール生地「ローデンクロス」。脇の下を縫製しないことで肩の可動域を増し、銃を撃ちやすくした「フローティングショルダー」。より動きやすくするために背中に備えた、大きな「インバーテッドプリーツ」……。狩猟のための機能を極めたローデンコートは、古くからヨーロッパで親しまれてきた。日本では今までなじみが薄かったが、近年その代表的ブランド「シュナイダー」が上陸。ファッション業界人からの注目を集めている。¥148,000(エスプリ・ユージー〈シュナイダー〉)

 私がイタリアに赴任したのは1992年の冬で、いきなり中部の田舎町、シエナの語学学校に放り込まれました。人口は5万人ほどで、ぶどう、オリーブと小麦の畑が広がる丘陵地帯の小高い山の上にある、本当に小さな町です。

 しかし、私は町の洋品店のレベルの高さに驚きました。「トリッカーズ」「バブアー」「バランタイン」など世界の逸品ぞろいだったのです。そこではオーストリア製のローデンコートも売られていて、この町にはそれを着ている紳士が多くいました。下宿の大家さんは隣の山のすべてを所有する荘園領主で、初老の彼もローデンをはおり、ハンチング帽とペッカリーの手袋を身につけて、『ランチア・デドラ』で領地を見廻っていました。たまに登校途中の私をついでに乗せてくれて、徒歩で片道1時間の学校の途中まで送ってくれました。私にとってのミスターローデンコートです。

 チェスターやポロコートは大都市のコートですが、ローデンは田園との距離が近い、小都市のコートでしょう。出自が狩猟用ですから、腕の上げやすさも色も、軍服派生のものとは異なります。裏がチェックのダッフルとともに、最も権威的でないコート。個人的には高崎や仙台などに似合うと思います。首都圏なら八王子、川越などでしょうか。もちろん機能性を評価する方や、また都心にいながらも、心が田園にあるような人にもよいですね。

 シエナには、世界最古の銀行があります。「モンテデイパスキディシエナ銀行」といいますが、この銀行が多額の不良債権を抱え、現在のイタリアの金融不安の震源となっています。キリスト教圏では、金貸しは禁じられていました。人身売買など、社会混乱の元凶だったのです。銀行は千数百年間、支払代行が業務でした。しかし不作で困窮する農家を救うために、600年ほど前から教義を拡大解釈してお金を貸し始めます。

 シエナでは、ワインもオリーブ油も、薬草も良質なものが産出され、国際商品となっていました。それらは保存性も高かったため、それを担保に、農場の運転資金の融資を始めたのです。そしてシエナは街道の要所でもあるために多くの商人が行き来し、ヨーロッパ中の逸品がもたらされました。シエナの人々の審美眼が高度に磨かれたのは当然です。ルネサンスとは、そんな交易の活性化で起こりました。

 中世には、人は信仰と迷信に支配されており、森には妖精がいると思っていたが、どうも見た人がいない。魔女もいなさそうだ。そして、神が自分の運命を決めているわけではなさそうだ、と考え始めたのです。

 先日、とあるリサイクル店で、あのモスグリーンで肩の四角いローデンコートを見つけました。サイズがふた回りも大きくて購入は断念しましたが、私のイタリア生活の出発点、混沌とした中世から世界を脱却させ、人間が主体的に生きるというルネサンス精神を育んだ、小さな農業都市を強烈に思い出させたのでした。(文・池田哲也(ファッション評論家))

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコートより
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