著述家・田中誠司の「モーターサイクル・ハイライフ」
しばらく前からのムーヴメントだが、世界的に売れているバイク、といえばアドベンチャーバイクだ。
とくにいま、大きな波が押し寄せているのが排気量1リッター超の高級セグメントで、長らくヨーロッパにおける販売ナンバーワン(小型車含む全セグメントでのナンバーワン、だ)の座を続けてきたBMW R1200/1250 GSに安住の地を与えまいと、日本のホンダ、カワサキ、ヤマハ、スズキ、さらにドゥカティ、KTM、モトグッツィ、MVアグスタといったさまざまなメーカーが挑戦を続けている。
そんな中、アメリカの巨人であるハーレーダビッドソンはずっと沈黙を守ってきた。そして2021年、ラインナップ全体の再構築の嚆矢として放たれたのが「パンアメリカ」である。
車高調整機能付きで日本人も楽に乗れる!
アドベンチャーバイクは悪路を踏破できる高めの車高を備えつつ、オンロードでも活発に走れるサスペンションや長距離巡航に適した大きめの燃料タンク、風圧を退けてくれるウィンドシールドの装着を組み合わせた、多用途性の高いモーターサイクルだ。
ハーレーダビッドソンといえば、レイドバックしてクルージングするアメリカンスタイルが定番だが、アメリカのAMAグランドナショナル選手権など、未舗装路でのコーナリングを競うダートトラックにおいて長らく活躍した実績もある。そんな昔ながらのノウハウを、新しい骨格、新しいパワートレインに注ぎ込んだのがこのパンアメリカなのである。
エンジン型式はおなじみのV型2気筒でありながら、ハーレーのリッタークラスとしては初めて水冷式とされた、まったくの新設計。このエンジンブロック/クランクケースを車体剛性を担う構造要素として、車両前後のステアリングピボットやスイングアームなどと結ぶ設計とされている。これまでのハーレー含め、ふつうフレームの形はエンジンを抱えるか吊るすかのどちらかだから、これだけでかなり挑戦的であることがわかる。
サスペンションは、特に上級モデルの「パンアメリカスペシャル」のために用意された電子制御式前後セミアクティブサスペンションが新しい。走行状況に応じてダンパー減衰力を自動調整し、さまざまなセッティングを選ぶことが可能だ。
さらに日本仕様のパンアメリカスペシャルでは、「アダプティブ・ライド・ハイト(ARH)」機能が標準で搭載されている。これは停車中、もしくは走行中に速度が下がって停車しそうなことを感知すると、リヤサスペンションの長さを縮めて、車高を最大で50mm低くしてくれるシステムだ。ハーレーダビッドソンによれば、これは量産二輪車世界初の搭載例だという。
身長172cm、体重69kgの筆者は、日本人男性の平均値にかなり近い体型である。アダプティブ・ライド・ハイトは非常に効果的で、とりわけ砂利道や雨天など足元の優れないところでもこうした大型バイクを取り回ししやすいのは本当にありがたかった。標準のパンアメリカでも乗れないことはないけれども、常日頃余裕をもって扱えるのは身長180cmクラスからになるのではないか。
Vツインの鼓動を感じながらまだ見ぬ場所へ!
新しいパワーユニットと車両構造のコンビネーションは、独特のライドフィーリングをもたらす。振動は大きめで、アイドリングからミドルバンドまで、Vツイン・エンジンならではのビートははっきりと伝わってくるのだが、9500rpmの高回転域まで充実したトルクを保ちながら回りきってしまうのだ。
可変バルブタイミング機構などの採用により、全域でトルクが豊かなことにくわえ、エンジン搭載方法も前述したとおりダイレクトゆえ、細かなアクセル操作に寸分の遅れもなく追従してくれて、とくに濡れたグラベル(砂利道)におけるドライバビリティの高さを感じた。加えて、ABSやトラクションコントロールといった電子制御がリスクから身を守ってくれる。
素のパン アメリカは若干車体が軽いこともあり、リーズナブルなプライス(231万円)もあって十分に魅力的なのだが、より広く一般におすすめするとすればセミアクティブサスペンションが5つの走行モードと連動し、アドベンチャーバイクらしくシーンに合わせたさまざまなキャラクターを楽しめる、スペシャル(268万700円)の方だ。好奇心旺盛なライダーに、ぜひ試してみてほしい一台である。
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- 田中誠司 著述家
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- ハーレーダビッドソン ジャパン