1906年に創業した「アンダーソン&シェパード」(「A&S」)は、サヴィル・ロウにある、伝説のビスポーク・テーラーだ。伝統的なイングリッシュ・テーラリングとは異なる服づくりの哲学は、往年のスター、フレッド・アステアやゲイリー・クーパーら、多くのハリウッドスターに愛されてきた。男たちを惹きつけてやまない理由を解き明かす。

そのスーツを着た者すべてがスクリーンの中で完璧な男を演じた

ハリウッドスターはなぜ「A&S」を選んだのか

 紳士服の聖地、ロンドンのサヴィル・ロウには伝説のビスポーク・テーラーが存在する。ハリウッドスターに愛されたテーラリングハウス、1906年創業の名門「アンダーソン&シェパード」。

 本店に保管されている歴代の顧客採寸台帳には、本人よりの注文の証となるハリウッドスターたちによる直筆の署名が残されている。彼らに愛されたその秘密は、独特のシルエットと着心地にあった。

 同社のスーツの特徴はスロープト・ショルダー(なだらかに傾斜した肩のライン)、リンプ・シルエット(自然でやわらかな全体のシルエット)、イングリッシュ・ドレープ(胸部のドレープ感)に集約される。「既存の構築的なイングリッシュ・テーラリングとは一線を画すこの特徴が独自の快適な着心地を生む」と、同社のマネージング・ディレクターであり、ハウスの顔であるヘッドカッターのジョン・ヒッチコック氏は語る。

 たとえば、同社を代表する顧客として対照的な個性を持つフレッド・アステアとゲイリー・クーパーの名を氏は挙げる。アステアは身長175㎝、極端ななで肩で痩身、欧米人の平均からいえば線が細く、やや貧弱ともいえる体型だ。一方、クーパーは191㎝の長身で堂々たる体軀だが、イギリス移民を両親に持ち、青年期にイギリスで受けた3年間の教育を除いてアメリカで生まれ育ち、ヨーロッパ的洗練に欠けると思われていた。

 しかし実際のスクリーンでは、激しい踊りの後にも一糸乱れぬアステアによるホワイトタイを着用しての華麗なダンス、ピークド・ラペルに6つボタンのダブルブレスティッド・スーツを着たクーパーの圧倒的にエレガントな姿は、こうした欠点を補って余りあるものといえるだろう。

 なぜ彼らはハリウッドのテーラーではなく、あえて「アンダーソン&シェパード」を選んだのか。

 ハリウッドの黄金時代の始まり、アメリカ経済が空前の大繁栄を遂げた1920年代、富めるアメリカは文化に飢えていた。当時のメンズ・ファッション、特にビスポーク・スーツではイギリスが先端の技術を持ち、ヨーロッパの王国貴族が贔屓にしていたのがサヴィル・ロウの老舗テーラーだった。

 彼らがトランクショーと呼ぶアメリカでの出張受注会はヨーロッパのファッションに憧れるアメリカで多くの顧客を獲得した。

 加えてイギリスには当時のメンズ・ファッションをリードする偉大なトレンドセッターが存在した。その人物こそプリンス・オブ・ウェールズ、後のウィンザー公である。従来の規範を破ることで自らのファッションセンスを比類なきものにしたウィンザー公お気に入りのテーラーが伝説の名職人ショルティであり、「アンダーソン&シェパード」の創業者パー・アンダーソンは彼の弟子だったのだ。

不変の伝統を受け継ぐクラフツマンシップ

ヘッドカッターであるヒッチコック氏の手により、個々の顧客から採寸したサイズをもとに型紙が起こされ、生地が裁断されている。採寸する箇所はジャケットで平均20か所、トラウザーズ(パンツ)は7か所。採寸したサイズからつくられる型紙はジャケットで約18ピース、トラウザーズ約6ピース、ウエストコート(ベスト)で約6ピースを要する。

「ショルティ」に始まる偉大なるソフトスーツの伝説

 サヴィル・ロウ7番地に店を構えていたテーラー、フレデリック・ショルティは、20世紀のメンズ・ファッションにおける偉大な発明「ドレープカット」の先駆者として知られている。

 本来「ドレープカット」は軍の警備兵のベルト付きコートからショルティがアイディアを得たもので、他の老舗のテーラーが踏襲していた典型的なイングリッシュ・テーラリングとはまるで異なるキャラクターを持っていた。それはやわらかなショルダーラインと軽量化された構造を持ち、胸元に数種の芯地を使うことで空気をまとうようなドレープ感を演出した。

 ウィンザー公が当時のテーラリングの王道から極端に異なるショルティを選んだのは、旧弊なテーラリング・スタイルに代わる、新たなメンズ・ファッションの潮流を産み出したかったからに違いない。

 1930年代、メンズ・ファッション誌『テーラー&カッター』はこれを「ロンドン・カット」と名付け、当時のメンズ・ファッションに一大革命を起こした。

 ここに現在まで続く、芯地がありながら軽くやわらかい「アンダーソン&シェパード」のスタイルが完成したのだ。

 このようにショルティは卓越した技術と最高の顧客層を持っていたが、ハリウッドで成功することは叶わなかった。

 相手がだれであれ、たとえウィンザー公であっても必ず来店を要求し、自らが顧客のもとに通うことは決してなかった。自分の意に反する注文は一切受け入れない、そのかたくなな職人気質は急激なビジネスの衰退を招いていく。

 それとは対照的に「ドレープカット」の正統な継承者として、弟子のパー・アンダーソンと、シドニー・ホレイショ・シェパードによる「アンダーソン&シェパード」は、積極的にアメリカ市場へ進出した。その結果、ハリウッドスター御用達の店として名を馳せることとなる。

 当時の「アンダーソン&シェパード」はジェントルメンズ・クラブ同様、紹介による顧客が大半を占めていた。台帳には紹介者の欄があり、代金を徴収できなかった際の保証の役割も果たしていた。同時にこの紹介方式がハリウッドの黄金の顧客リストを同社にもたらしたのだ。

 台帳の記録によれば、ダグラス・フェアバンクス・シニアは『風と共に去りぬ』の監督ヴィクター・フレミングを紹介し、伊達男で知られるノエル・カワードは若きダグラス・フェアバンクス・ジュニアとローレンス・オリヴィエを紹介、さらにダグラス・フェアバンクス・ジュニアが紹介したのがマレーネ・ディートリッヒであった。これはハリウッドの人間関係を垣間みるようで、実に興味深い。

ここから新たなハリウッドの伝説と美学がつくられる

歴史が証明する最高の着心地のスーツ

多くの手作業を必要とする同社のビスポーク・スーツは2ピースで製作に約50時間を要する。通常は仮縫いは1~2回、価格は選ぶ生地によって変動するが、目安は2ピースで3,950ポンドから。

 スーツの基本構造は型紙で決まる。そのためビスポーク・スーツの仕立てで最も重要とされるのが型紙を起こすカッターだ。

 同社のヘッドカッターであるヒッチコック氏は16歳より同社に勤め、半世紀以上にわたる栄光の歴史を一身に担ってきた。「スーツづくりの基本は、私が16歳に学んだことから何ひとつ変わってはいない。よいカッターになるには忍耐が必要だ。まず顧客のリクエストを聞き、さらに本人の身体上の特徴も瞬時に理解しなくてはならない。時には本人の体つきが言葉より多くを語っていることもある。それらはすべて経験によって得られることなのだ」

 幾多のハリウッドスターのスーツをつくっているヒッチコック氏に、今まで最もスタイルのある顧客は? との質問をしてみる。「私のカッター人生の中で、それはチャールズ皇太子をおいてほかにはない。私だけの見解ではなく、昨年は見事ベストドレッサーに選ばれた事実が証明しているね。テーラーとしてこれ以上の名誉はないだろう」と快活に笑った。

 ウィンザー公が愛した「ショルティ」のスタイルは、現在の「アンダーソン&シェパード」に受け継がれ、チャールズ皇太子も同社の長年の顧客として知られている。2005年の結婚式の際、着用されていたモーニングスーツもヒッチコック氏の手によるものだ。

 昨年12月には台帳に残る1983年の最初の注文以来、同社にとって初の公式訪問が行われ、この様子はイギリスのメディアでも大きく報道された。

「今回の訪問はチャールズ皇太子がわれわれのクラフツマンシップを評価してくださっている、何よりの証と誇りに思っている」

 こうした「アンダーソン&シェパード」のスーツをつくり上げているのはカットと同時に卓越した手縫いの技術でもある。肩線やそで付けなど多くの部分をピュアシルクの糸を用い、熟練の職人が多くの箇所を手縫いすることで、独自のしなやかなシルエットと快適な着心地が生まれるのだ。

 「スーツを見るだけではわれわれの技術はわからないだろう。ビスポークは着てみてはじめてその良さがわかる。一度最高のスーツを着たならば、元にもどることはない」とヒッチコック氏は語った。

 現在の「アンダーソン&シェパード」は、2005年にサヴィル・ロウ30番地から移転し、道を挟んだオールド・バーリントン・ストリート32番地に店を構えている。顧客はハリウッドスターからトム・フォードといったデザイナー、政財界の有名人まで実に多彩だ。ハリウッドスターたちに愛されてきた華麗なる伝統と技術は、こうして今なお、世界中のスタイルのある男たちを魅了し続けている。

※2013年冬号掲載時の情報です。

この記事の執筆者
TEXT :
長谷川 喜美 ジャーナリスト
BY :
MEN'S Precious2013年秋号アンダーソン&シェパードと華麗なる〝ドレープカット〟の物語
ジャーナリスト。イギリスとイタリアを中心にヨーロッパの魅力をクラフツマンシップと文化の視点から紹介。メンズスタイルに関する記事を雑誌中心とする媒体に執筆している。著作『サヴィル・ロウ』『ビスポーク・スタイル』『チャーチル150の名言』等。
クレジット :
取材・文/長谷川喜美 撮影/富岡秀次