新作映画『総理の夫』で、日本初の女性総理大臣役を演じる中谷美紀さん。女優としてのキャリアを着実に重ねながらも、結婚を機に暮らしの拠点を海外に移し、女性としても心豊かに生きていく姿につねに自らの意志で道を選んできた大人の力強いエレガンスを感じます。そんな中谷さんに、お話を伺いました。
「尊敬する女性たちから学ぶのは、どんなときも落ち着いて、穏やかであること」
これまでも女性たちの共感を得る個性的な役に、一つひとつ丁寧に取り組んできた中谷さん。白洲正子を演じるにあたり、約一年の間、他の仕事を受けず、ひたすら能の稽古に励み、その生き方を探求したという話は有名だ。日本初の女性総理という前例のない役づくりにも参考にした女性がいるはずである。
「佇まいや話し方という点で身近に感じるのはメルケル首相でしょうか。ドイツ史上初の女性首相として、16年の長きにわたって国政を担うのは、並大抵のことではありません。なによりコロナ禍において、感情的になることなく、国民に対して自分らしい言葉で語りかけていらっしゃったのが心に響き、とても参考になりました」
語学が堪能な中谷さんは、数々の場面で外国語のスピーチをこなしてきた。その流暢な語りと堂々たる姿は日本女性として誇らしいほど。首相・凛子が国民に信条を語るときも、まるで中谷さん自身のスピーチのように、しなやかで優雅だ。
「世界の女性リーダーたちを見ていると、アンガーマネージメントが身についていて、声を荒げることなく、柔らかな印象があります。日本でも尊敬する女性たちは職業を問わず、いつも平常心を保ち、落ち着いた話し方をされます。男勝りに力を誇示する必要などないのでしょう」
なにごとにも動じないこと、物怖じせず、堂々としていること。それは人を優雅に見せる。特に「かわいい」が通用しない海外ではエレガンスの条件でもある。
中谷さんは2016年、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のヴィオラ奏者である現在の夫と出会い、生活の拠点をオーストリアに移した。40代で新たに海外での生活に身を投じるということは大きな決断だ。暮らすように旅をした若い頃の、根無草にも似た「異邦人(エトランゼ)」気分でもない。実はビザを取得すること以上に困難なのは、本当の意味で異国に受け入れられること。とりわけ歴史と伝統のあるヨーロッパでは難しい。
それを可能にするパスポートこそが、その人のもつ品格とエレガンスなのだ。中谷さんは今、家族や友人に恵まれ、新しい暮らしに戻るべき安らぎを見つけた。持ち前の好奇心とたゆまぬ努力なしには、異文化に溶け込むことはできなかっただろう。取材当日さえ、2時間のドイツ語オンラインレッスンを欠かさないという意志の強さである。
けれど人を魅了するのは、言葉を超える何かだったりするものだ。日本女性として揺るぎないスタイルをもち、圧倒的な気品と美しさを備えているからこそ、中谷さんはエレガンスの本場でも敬われ、愛される。
「これまで女優という特殊な仕事を全うするためには、生活を犠牲にせざるをえないと思い込んでいました。そんな私に夫がかけてくれた『ライフ・イズ・トゥー・ショート』という言葉と、オーストリアでの地に足の着いた暮らしが、私に日常の大切さを気付かせてくれました」
シンプルを極めるような潔さと強い意志で、人生のたくさんの選択をしてきた中谷さん。その先に開けた新しく豊かな生き方が、また眩しいほどエレガンスを際立たせている。
オーストリアでの心豊かな暮らし
ザルツブルグの山の家では、美しい自然に囲まれて
上/友人を招く日は、東アルプス山脈を望むテラスで。庭に咲く花を飾って。コロナ禍で夫と共に過ごす時間が増えて、ふたりで庭仕事に明け暮れる日々は、自著『オーストリア滞在記』(幻冬舎文庫)に詳しい。
上/夫のティロ・フェヒナー氏が内装を手掛けたという部屋。
『総理の夫』9/23(木・祝)より劇場公開
ファーストジェントルマンの視線で描く、新しい女性像とは?
原田マハのベストセラー小説を映画化。お人好しな財閥御曹司の夫と、女性初の総理大臣となる妻の結婚12年目の大転機を描く。働く女性が出産し、働きやすい社会をつくるというマニフェストを掲げる首相が抱える女性ならではの苦悩だけでなく、洗練されたファッションにも注目。監督:河合勇人/配給:東映、日活/9月23日(木・祝)より全国ロードショー
映画『総理の夫』公式サイト
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- EDIT&WRITING :
- 藤田由美、池永裕子(Precious)