近年、安価なオーダーに押されてやや旗色悪いように見える吊るしのスーツだが、決して侮ってはならない。奥深き仕立ての文化そのものが注ぎ込まれたイタリアのファクトリー製スーツには、まだわれわれが知らない秘密が眠っている。あえて言おう。その底力は、並みのビスポークスーツなど凌駕するのだと!
長年にわたってクラシコスーツを見てきた服飾評論家の池田哲也氏による解説を読めば、その凄さが理解できるだろう。
ナポリの仕立て文化がこの一着に凝縮
クラシコスーツとは人間本位な洋服である。
私が27年前に配属された「日本橋三越」の特選品売り場のラインナップは素晴しく、「ランバン」「ジバンシィ」「アルニス」「シャルベ」などを扱っていました。そこに数着だけ並んでいたのが「キートン」と「イザイア」。当時新人だった私は日本製のパターンオーダースーツの紺とグレーを着回していました。もちろん着丈もそで丈もウエストもぴったりで着心地も悪くない。しかし、毎日両社のスーツを観察するうちに、自分のスーツとの違いに愕然とし、完全にその虜になってしまったのです。
ヨーロッパの上流スーツにはまずストーリーがあります。要は着る人をどんな気分にさせて、対峙する人にどんな印象を与えるかという目的があるのです。その実現のために面の連続性とリズムがあり、全体のプロポーションをよく見せる。そして必ずコントラストがあり、ドラマがあるのです。テンポ、リズム、メロディー、サビとまるで音楽。その点日本のスーツはたとえサイズが合っていても表面的な形を模倣しているだけ。大切なものが抜け落ちているのです。たとえば日本は腰ポケットの玉縁の生地を斜めに使います。些細なことですがそれは特に柄物において目立って、上半身と下半身を分断して見せてしまいます。それに対して「アットリーニ」の玉縁など、極限まで幅が狭められ、身頃と段差なく仕立てられていて、もはや玉縁の存在そのものを消そうとすらしています。また、ラペルの外側の線とすそのカーブも無理なく連続性を持って繫がっています。当時の「キートン」には大きな肩パッドが入っていたのですが、それも丸みを帯び、着る人をわずかにたくましく、より長身に見せるように据えられていました。意外なようですが、人間は相手の身長を頭の頂点ではなく、肩の高さで認識するもの。武士の礼装の裃上半身と下半身を連続して見せて肩衣で威厳を印象づけます。国が違って、衣装が違っても礼服とは同じ効果を目的として設計されているのです。
それにしても「キートン」も「イザイア」も当時はまったく売れませんでした。かっちりと仕立てられた清冽な仕上がりのスーツが好まれて、手縫いでやわらかく仕立てたものは理解されなかったのです。「ご覧ください。こちらのボタンホールは手かがりでございます」。「このメーカー、ミシンも買えないのか」。こんなやり取りも実際にありました。
チェーザレ アットリーニのスーツが凄い8つの理由
現在日本で販売されているほとんどすべてのスーツは、そんなクラシコスーツの影響を受けています。ここに挙げるディテールも、もはや量販店のスーツに形骸化して盛り込まれています。でもオリジナルは違う。立体的で快適、そして着る人の心を引き上げる、そんな人間本位のスーツを目ざした結果のディテールなのです。ぜひ一度、試着だけでもいいですからそでを通してみてください。(文・池田哲也(服飾評論家))
※価格は税抜です。※2016年春号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2016年春号 新しき「クラシコイタリア」スーツ伝説より
Faceboook へのリンク
Twitter へのリンク
- クレジット :
- 撮影/唐澤光也(パイルドライバー/静物)構成/山下英介