食を愛し、ワインを愛し、服飾を愛し、女性を愛する。

 これこそが人生の目的だと声高に言うイタリア好きは多い。イタリア好きばかりでなく、このように話す南のイタリア人は多い。

 対して北のイタリア人はどうかといえば、意外にも南のイタリア人より地理的に近いスイス人やフランス人にメンタリティが似ているようだ。スーツのコンストラクションや服飾の嗜好もこれらの国に似ているし、彼らに人生の目的を尋ねると同じように答えるが、あえて自分から主張することはない。

 一方でイギリス人(ここで言うイギリス人はイングランド人の意味です。英国人という言葉が意味するところのイングランド人以外、スコットランド人、アイルランド人、ウェールズ人には別の人生哲学がある気がする)は、飲食や服飾、ましてや女性を愛するのが人生の目的だと声高に言うのが憚られると思っている気がする。むしろ、なんのために生きるのか、人生の意義を議論する自分を好んでいるようだ。

 こうした彼らの性向を反映し、イングランド人の首都、ロンドンには美味しいものがないというのは言い尽くされた都市伝説だろう。大概の人はロンドンに行く時、食に期待していない。多くを期待しないから、イタリアに行く時は周到にレストランを調べる人でも、ロンドンではそこらの店の冷凍のフィッシュ&チップスを食べて、ロンドンは美味しくないと言ったりする。こうして、ますます例の都市伝説が世の中に伝播されていくのである。

現代の英国料理を代表するレストラン、セント・ジョンのラムのタン・グリル、白いんげん豆添え。©Edward Lakeman

 最近、私の周囲は確実に北のイタリア勢力に押されつつあるが、もともと自他共に認めるアングロファイルの私としては、このコラムで少しだけでもロンドンの汚名を雪げればと思う。

 実際、ロンドンは世界でも最高の富が集中する都市、税制上の理由やハイソサエティの権威的位置付けから超富裕層が目指すのは常にロンドンである。そんな場所に美味しいものが無いわけは無い。彼らは自分のお気に入りのレストランを声高に語りたがらないので、あまり知られていないのも、「英国に美味いものなし」の伝説に拍車をかけている。

 ところで、アングロサクソン的なご馳走といえばビーフとシーフードに尽きる。彼らは直球勝負のシンプルなご馳走が好きなのだ。ジンのビーフィーター(beefeater)のトレードマークはロンドン塔の護衛兵を指しているが、その名の意味するところは「牛食い」、昔からイギリス人は牛肉を愛好してきた。

 肉といえばステーキ、狂牛病の発生以来、食の安全性とサスティナビリティに関して、英国は日本を遥かに上回る先進国となり、特にスコットランドのアンガスビーフの長期間熟成のドライエイジ、噛み締めると口の中に広がる赤みの肉の味わい、グラスフェッドビーフ(牧草牛)は日本ではなかなか味わえない。

 日本でロンドンのレストランというと、未だにローストビーフ、それもストランドやコヴェントガーデンにある老舗しか名が挙がらないのはいかにも残念だ。あれはあれで、ロスアンジェルスで行くロウリーズ・ザ・プライム・リブのように、発祥の地にしかないノスタルジックな趣があっていいような気がするが、いかんせん観光客向けというのも否めない。

 数年前にロンドンではステーキが大流行し、フランス映画でステーキ全世界ナンバー1を決めるドキュメンタリー『Steak (R)evolution』に出たホークスモアとか、ダミアン・ハーストの牛のホルマリン漬けのインテリアが話題となったセレブシェフ、マーク・ヒックスによるトラムシェッド、もっと手軽な場所なら予約を取らないので行列ができたソーホーのフラット・アイアンなど色々ある。

 もうひとつ、下町のロンドン名物といえばソルトビーフも欠かせない。これはニューヨークのコーンドビーフと同じもので、歴史的にもユダヤ人が伝えたルーツは同じらしい。塩味のきいた柔らかく煮込んだビーフの塊肉をスライスし、ほのかに甘みのあるベーグルや食パンにこれでもかというほどたっぷりと挟んでマスタードとピクルスと共に食べる。「牛食い」の面目躍如たるサンドウィッチだ。

豚のマークが目印のレストラン「セント・ジョン」

豚のマークが目印のセント・ジョン。料理本も何冊も出版されている。英国産の食材を生かした、英国人の肉食いの哲学と歴史を食べるレストランでもある。©Edward Lakeman

 昔から市場の周囲は美味い店が多いというが、ロンドンもその御多分に洩れず、ミート・マーケットのスミスフィールド周辺には多くのレストランがあり、ミシュランの星を持っているレストランも多くある。その中でも豚の鼻先から尻尾まで食べるというのがモットーのセント・ジョンは、今や代表的英国料理のレストランともいえる名店だ。無駄なくすべてを食べきるという思想は今やサスティナビリティ的にも、エコロジー的にも正解だと思う。

 豪華なインテリアこそなく中は食堂風だが、ここの料理は一言で言うと「現代的内臓料理」で、普通であったら捨ててしまう部位もうまく調理して出すところにシェフであるファーガス・ヘンダーソンの才能が発揮されている。彼の料理には肉を長い間食べてきた狩猟民族特有の知恵や歴史が反映されているように思うのだ。このアグレッシブな料理はちょっと日本人には作れない。

 ファーガス・ヘンダーソンはMBEも受勲している英国有数のシェフだが、彼のレストランに行くと本人の姿を見ることもあるし、地元のレストランにいる姿も見かける。彼の姿からは才能あるシェフが見せる「食べる」ことへの愛情が感じられる。私の周囲の友人にもセント・ジョンのファンは多い。

 看板メニューの「牛の骨髄のロースト」は蟹を食べるような細長いフォークが出てきて、ローストした骨髄から中身を掻き出して、苦味の効いたちょっと爽やかなパセリのサラダと一緒に食べる。ガーリックが効いていて、骨髄の周りがこんがりと焦げて、香ばしい香りが食欲をそそる。とろりとした骨髄はいけないものを食べているような禁忌な濃厚さがあり、これをスターターに食べると、今日はもうなんでも食べてやろうという気持ちになってしまう。メインでは、5日間かけてアップルヴィネガーで臭みを抜き、低温調理したラムのタンをこんがりと表面だけグリルで焼いたものが記憶に残っている。柔らかくフォークが入り、オックス・タンよりも繊細な肉の味わいがあった。

「セント・ジョン」伝統的なデザート

セント・ジョンではデザートも伝統的なものが揃っている。クイーンズプディングはラズベリージャムとスポンジの上にメレンゲをかけて焼いた伝統的なデザートのひとつ。©Edward Lakeman

 ロンドンは昔ながらの市場が町の中心にあるのも魅力のひとつだ。肉だけでなく、野菜、肉、野菜、アルコール、チョコレートからパン、オイルに至るまで、あらゆる食材が揃うのはロンドンブリッジにある最大にして最古のオーガニックのマーケット、バラ・マーケットである。最近はバラ・マーケットはセレブリティシェフの御用達としてすっかり観光地化しているが、それでも活気のあるマーケットはいつ行っても楽しいものだ。

 もちろん、この周辺にも美味しいレストランが数多くあり、ロンドンのフードシーンはロンドンブリッジからショーディッチに至るエリアが今、一番の盛り上がりを見せている。

 市場内のレストラン、ローストは階下に店を出しているオーガニックの精肉業者が経営している。ここで食べたポーク・ベリー(豚バラ肉、三枚肉ともいいますね)とマッシュポテト、ブラムリー・アップル・ソース添えも忘れられない。とろりとしたマッシュポテトの上に威風堂々とした豚の三枚肉をローストしたものが登場する。中の脂の部分はとろとろで、外側の豚の皮はこんがりと揚げ焼きにしてあり、トロトロとカリカリ、皮と身の両方の食感が楽しめる。ジューシーなポークに酸味のあるアップルソースがよく合うのだ。

 市場内とは言っても、白いテーブルクロスがかかっているようなレストランなので、店内ではビールよりワインを飲んでいる人たちの方が圧倒的に多いが、冬の寒い時期にこういう滋養の高そうな肉料理には、ロンドンに由来する濃いスタウトやポーターが合うのではないかと密かに思っている。

英国の食文化を支える最古のマーケット

地下鉄ロンドンブリッジの駅に直結しているバラ・マーケット。2014年には1000年を迎えたという最古のマーケット。週末のみ開催していたが、今は日曜以外、毎日開催するほど人気がある。英国人が今、何を食べているのか、その縮図となっている。©Yoshimi Hasegawa

 ロンドンには美味しいものがたくさんあり、まだまだ書ききれないほど肉の話はあるのだが、ここまで書いて英国のシーフードに全く触れていないことに気がついた。次回はウィンストン・チャーチルにまつわるシーフードのことを書こうと思う。英国に美味いものあり(魚編)に続きます。

この記事の執筆者
ジャーナリスト。イギリスとイタリアを中心にヨーロッパの魅力をクラフツマンシップと文化の視点から紹介。メンズスタイルに関する記事を雑誌中心とする媒体に執筆している。著作『サヴィル・ロウ』『ビスポーク・スタイル』『チャーチル150の名言』等。
公式サイト:Gentlemen's Style
PHOTO :
Edward Lakeman
EDIT&WRITING :
Yoshimi Hasegawa