1月の皆既月食は「スーパーブルーブラッドムーン」だと、アメリカのメディアでは喧しかった。ただ皆既月食(ブラッドムーン)であるだけでなく、ブルームーン(1暦月に2回の満月)がスーパーサイズで現れた、という偶然なわけだが、赤い月が蒼いわけはなく、気の利いたジャーナリスト達はそこにある寓意を潜ませている。つまりはこの月はとびきり「ブルーブラッド」=「高貴な血脈」の月であるということだ。
高級機械式時計のシンプルな佇まい
「パテック フィリップ」年次カレンダー『5396R』
そのスーパーブラッドムーンを眺めながらパテック フィリップの年次カレンダー「5396」を思い起こした。青は貴い色であるという心証を具体化し、そこに月の形象を重ねる。ローズゴールドのケースをまとった一本は、地上に降りたスーパーブルーブラッドムーンにも値する。
この形状の針の名「ドフィーヌ」は、じつは王太子妃の意味もある。月と曜日を抽象化することなく正しくギシェ(小窓)に掲げるのは、一流ホテルが客の呼び出しをおこなうときに、名前を掲げたプラカードを持ってページボーイにロビーを回らせる、あの慎ましさにも似ている。一年に1度しか修正の必要がないカレンダーだからといって、大声で呼ばわるような無作法はしないのだ。曜日も月も、夜中にこっそりと切り替わっていればそれでいいのである。アラビア数字をひとつとばしにするカレンダーも同様に、そっけないほど端的でシンプルに佇む。
ダイヤモンド・インデックスを施した特別な1本
濃紺の衣装が男振りを引き立てることに異論はないだろう。ブルーの文字盤には、目には見えないほどの放射状の線が360度にひろがり、それが紺青に刹那のニュアンスと表情を与えながら、入射光をフレアで返す。この加工を指すソレイユとは、そのまま太陽のことだ。もっとも貴いお天道さまの名前をいただき、その光を再現する。文字盤よりさらに一段昏いブルーの夜空に浮かぶのは、ブラッドムーンの風情を見せながら、決して暗くはないローズゴールドの月。約29.5日で1サイクルを回す月相表示は、グレゴリウス暦の世界観を描く傑作であるこの年次カレンダーに、違う時間の進み方をかさねる。好みで、バー型のインデックスがダイヤモンドのバージョンも選べる。悩ましいのは、そうでないバージョンと、ノーブルさの上下がつかないことだ。
立ち姿が凛々しいスリムな自社製ムーブメント
どこにも下卑たところのない時計は、つくることが難しい。それを成し遂げたうえで、暑苦しくも押し付けがましくもないことは稀有であろう。だからこそパテック フィリップには、その存在の役割がいつまでも終わらないのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト