今や女性のライフスタイルに不可欠な腕時計。日々を彩る装飾具以外の面でも注目が集まる昨今、好奇心は高まる一方。そこで、雑誌『Precious』9月号では、特集「今さら聞けない『ラグジュアリーウォッチの美学』」を展開。静的な芸術として独自の時計観をもつ、ウォッチジャーナリストで大学教授の並木浩一先生にその魅力をうかがいました!

なぜ人々は美しい時計に魅了されるのか? 専門家の視点から、わかりやすくひもときます!

本記事では、並木先生に伺った「ラグジュアリーウォッチの美学」をまとめてお届けします。

並木 浩一さん
ウォッチジャーナリスト
(なみき こういち)桐蔭横浜大学教授。出版社勤務を経たのちに、京都造形芸術大学大学院にて博士号を獲得し、研究者の道に。人間が行う「静」の表現として時計を探究する一方、「動」の表現としてダンスも研究。スイス時計展示会の取材には、日本のメディアが参加し始めた1990年代から参戦。独自の切り口で時計を切る視線に定評あり。著書多数。近著に、『ロレックスが買えない。』(CCCメディアハウス)。

Q1:ラグジュアリーウォッチとはそもそも、どういったもの?

腕時計は、本質的にラグジュアリーな存在です。誕生時は、いわゆる王侯貴族といった一部のセレブリティしか所有できなかったのですから。

その価値が一変したのが、1970年代に起こったクオーツショック。スイス時計界は一度地に落ちますが、約20年かけて機械式時計を高級品とするパラダイムシフトを達成します。その後、職人の手仕事が生む工芸品として価値の向上に努めたのです。(並木さん)

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時計『101レーヌ』¥29,700,000[参考価格] ●ケース:PG×DIA ●ケースサイズ:縦18.35×横6.8mm ●ブレスレット:PG×DIA ●手巻き(ジャガー・ルクルト)

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Q2:時計の美しさが表れるポイントは?

時計には、表現するスタイルがあり、そこに従いデザインがなされます。例えば、アール・デコスタイルを貫く時計の代表格「カルティエ」の『タンク』。直線と曲線を巧みに組み合わせた手法は、腕時計との相性も抜群です。アール・デコの絶頂が1920年代ですから、100年を超えた現代でもその価値を保っている点に凄みすら感じます。四角ケースがおもしろいのは、防水性などの機能面では丸形に劣るが、美観に優れる点。柔らかな曲線を用いた女性の装いにおいてエッジィなアクセントとなるのも人気の理由でしょう。(並木さん)

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タンキストとして知られるアンディ・ウォーホルは、所有する時計のいずれもリュウズを巻くことなく時刻合わせをしなかったとか。これは彼にとって時計はあくまで装飾品であり、美観を楽しむものであったことを示す逸話です。(C)Getty Images
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時計『タンク アメリカン』¥3,894,000[予価]●ケース:PG×DIA ●ケースサイズ:縦28×横15.2mm ●ブレスレット:PG ●クオーツ(カルティエ)

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Q3:時計製造における「匠の技」とは?

機械式時計の価値を高めるべく注がれた「匠の技」。時計界では、メティエダールと呼ばれる多彩な装飾技法が代表的です。エナメルの細密画やクロワゾネと呼ばれる七宝、ケースやダイヤルへの彫金、ギョウシェ彫などもこれにあたるでしょう。

工業素材のセラミックを宝飾素材に昇華したのは「シャネル」の『J12』。艶やかに輝くセラミックは温度伝達速度が遅いことから肌なじみがよく、擦り傷がつきにくいため時計のケースとして理想の存在。ただ焼成する際に個体差が出やすい素材ゆえ加工には高度な技術が必要とされるなかで、「シャネル」が実現します。これも別の意味で、匠の技で時計の魅力を高めたものといえるはず。(並木さん)

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時計『J12 コズミック』¥1,116,500[数量限定] ●ケース:高耐性セラミック×SS ●ケース径:33mm ●ブレスレット:高耐性セラミック ●クオーツ(シャネル)

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Q4:サステイナブルな時計にはどんな価値がある?

ゼンマイを巻いて動力とする機械式時計自体、手入れを繰り返せば、何年も使用できるサステイナブルな存在といえるでしょう。次世代への継承は「パテック フィリップ」の広告ビジュアルなどにも見られます。

それを踏まえてなお、時計界がサステイナビリティを意識した物づくりを推進している傾向は強い。再生素材の使用は、時計界でも顕著な動きの一例です。「カルティエ」のソーラー駆動式の『タンク マスト』に見られる、植物由来の再生素材を使用したストラップなどがそう。「ショパール」はすべてのウォッチ&ジュエリーで国際的な環境・社会基準を満たすエシカルなゴールドを採用することでサステイナブルな姿勢を見せています。

高級時計ブランドほど、国連が提唱するSDGsのいずれかに該当するような、持続可能性を追求する社会貢献活動に参画しているのです。「ヴァン クリーフ&アーペル」は、創業以来、ダンスとの深い関係を築き上げてきた歴史の集大成として「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」を2020年に創設。世界各地におけるさまざまなダンス団体や公演、オペラハウスなどを支援しています。

時計史に冠たる防水時計『フィフティ ファゾムス』で知られる「ブランパン」は、海洋保護活動「オーシャン コミットメント」を実施中です。海洋探査・調査を実施する「ゴンベッサ・プロジェクト」や手付かずの海域を調査する「原始の海」プロジェクトなど、膨大な数の取り組みのサポートを行っています。「ジャガー・ルクルト」は、優れた職人技を現代のデザインと結びつける「ミケランジェロ財団」とのパートナーシップにより、奨学金プログラム「ホモ・ファベール フェローシップ」を始動。才能溢れる若者と熟達した職人が2名1組となり、スキルの継承を行う取り組みです。(並木さん)

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「ブランパン オーシャンコミットメント」では、海洋写真家ローラン・バレスタ氏との関係も深い。写真は、絶滅危惧種「タマタロア(巨大シュモクザメ)」プロジェクトでテクニカルダイバーたちが海洋探査をする様子。

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Q5:名品と呼ばれる時計は何がすごい?

ひと言で語るのは難しいですが、あえていえば、美観や誕生のストーリー、匠の技など、名品と称される時計には、そうした魅力すべてが詰まっているのは確かです。これはプレシャスでも人気だとうかがった3本の名品ウォッチにも該当します。

1本目の「ブレゲ」の『クイーン・オブ・ネイプルズ』は、ナポリ王妃のためという物語と独特な形状が特徴です。2本目はアール・デコの象徴「カルティエ」の『タンク』。説明不要のアイコンウォッチです。3本目は知性や再生の象徴である蛇がモチーフの「ブルガリ」の『セルペンティ』。大胆な形状と卓越した美観でレディスウォッチ界に君臨しています。(並木さん)

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今年で誕生75周年を迎えるジュエリーウォッチの傑作。2重ブレスには「麦の穂(=スピガ)」模様の上に数多のダイヤモンドが贅沢にセッティングされる。時計『セルペンティ スピガ』¥10,208,000 ●ケース:PG×DIA ●ケース径:35mm ●ブレスレット:PG×DIA ●クオーツ(ブルガリ ジャパン)

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Q6:機械式時計や複雑機構でまずおすすめなのは?

初級編として1本目に推奨するのは、ノンデイトです。装いに合わせてつけ変える女性にとって、たびたび針が止まる機械式は日付調整が面倒ですから、日付なしが便利。ダイヤルが優雅に見えるのも美点です。

中級編としてはムーンフェイズ機構がいいでしょう。月の満ち欠けを表示するロマンチシズムが魅力で、ブランドによって異なる月の美的表現を見比べてもおもしろい。私個人は、レトログラード機構が好みです。リニアに動く針が、起点から終点に達すると瞬時に帰零する独特な機構で、無限軌道を描く円運動とは異なる不思議さに心惹かれます。(並木さん)

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星空のようなダークブルーのダイヤルに、精緻なロジウム仕上げの月が顔をのぞかせる名品。約122年の間、修正が不要という高精度を誇ります。時計『リトル・ランゲ1・ムーンフェイズ』価格要問い合わせ ●ケース:WG ●ケース径:36.8mm ●ストラップ:アリゲーター ●手巻き(A.ランゲ&ゾーネ)
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ダイヤル4時位置には曜日表示を、8時位置には30秒で折り返すスモールセコンドをレトログラード機構で表現。ダイヤモンドと共にブランドの個性を存分に発揮。時計『HW オーシャン・バイレトログラード ダイヤモンドウェーブ オートマティック 36mm』¥18,766,000[サロン限定20本] ●ケース:WG×DIA ●ケース径:36mm ●ストラップ:アリゲーター ●自動巻き(ハリー・ウィンストン)

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※文中の表記は、SS=ステンレススティール、WG=ホワイトゴールド、PG=ピンクゴールド、DIA=ダイヤモンドを表します。
※掲載商品の価格は、税込みです。

問い合わせ先

PHOTO :
池田 敦(CASK)、Getty Images
STYLIST :
関口真実
WRITING :
髙村将司
EDIT&WRITING :
安部 毅、岡村佳代、安村 徹(Precious)