編集長から新米の俺に、お前もそろそろイ
ンタビュー取って来いと言われた。
相手は、女が知りたい男の心を清新に描い
て女性読者をつかむ、美貌の女性作家だ。場
所はバーを指定され、編集長に領収書忘れる
なと送り出された。内容は新刊について。も
う一度じっくり読み、また過去の作品もおさ
らいし、はやめにそのバーに行った。
「ごぶさた」
現れた姿は、バーを意識した小さな黒上着
に白いプリーツスカート、足元のスニーカー
が若々しい。文学賞選考会で挨拶はしていた
が二人で会うのは初めてだ。まずは注文から
だろう。
「私はホワイトローズ」
小説にはバーの場面も多く、さすがに慣れ
ている。俺はウイスキー水割りにした。
新作の苦心など伺ううちに「あなたはどう
思った?」と訊かれた。編集長が「大作家と
いえども必ず自作への本音の感想を訊いてく
る、その返事が勝負だぞ」と言っていたのが
これだ。
俺は、主人公の男の心の内側は、男の自分
にはひやりとするほど判る。男の作家では書
けないと思う——のようなことを言った。
「ふふふ……あ、そう」
かすかな笑みに、ドライジンにマラスキー
ノ、ジュース少し、卵白で白濁した妖艶なカ
クテルが似合う。
「あなた、学部はどこだったの?」
俺は文学部ゼミの名を言い、卒論のテーマ
を訊かれ、いつの間にか付き合っていた彼女
のことに及び、冷や汗をかきながら水割りを
ぐいぐい飲んだ。
「そのとき何と返事したの?」「正直に言い
ました」「彼女は?」「含み笑い」「あそう、
へえ」。
気がつけばインタビューされているのは俺
だった。ひとわたり話すと背を起こして次の
一杯を注文する。強い、俺は負けている。こ
れで原稿が書けるだろうか。そして区切りが
ついたように言った 「あなた、どこか居酒屋
知らない?」。
酔った俺はどうでもいいやとなじみの安い
縄のれんにご案内した。
一ヶ月後某誌に載った短編は、その居酒屋
が舞台のように読めた。
- TEXT :
- 太田和彦 作家
- PHOTO :
- 小倉雄一郎(本誌)
- EDIT :
- 堀 けいこ