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「プロフィール」


 

名前:クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)

出生地:アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ

生年月日:1930年5月31日

端役を経て、テレビ映画シリーズ『ローハイド』の出演で注目を集めるように。映画『ダーティハリー』シリーズで人気を不動のものとしたクリント・イーストウッド。1971年、映画『恐怖のメロディー』で監督業もスタートさせ、映画『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』では、アカデミー賞にて監督賞と作品賞のW受賞を果たす。

私生活では2度の結婚、離婚をしている。婚外子を含め、8人の子どもを授かる。

「若いころ」「昔」の写真19選


まず、クリント・イーストウッドの「若いころ」「昔」の写真をお届けします。

1955年ごろ(25歳ごろ)

 

1956年6月(26歳)

 

1956年6月(26歳)

 

1959年1月(28歳) テレビ映画『ローハイド』より

 

1964年1月(33歳) 映画『荒野の用心棒』より

 

1965年1月(34歳)

 

1967年2月(36歳) 映画『華やかな魔女たち』より

 

1968年10月(38歳) 映画『マンハッタン無宿』より

 

1971年12月(41歳) 映画『ダーティハリー』より

 

1976年6月(46歳) 映画『アウトロー』より

 

1978年1月(47歳)

 

1985年6月(55歳) 映画『ペイルライダー』より

 

1986年2月(55歳) 選挙運動

カリフォルニア州カーメル市の市長を一期務めた。
カリフォルニア州カーメル市の市長を一期務めた。

1988年5月(57歳) 第41回カンヌ国際映画祭

 

1990年9月(60歳) 映画『ホワイトハンター ブラックハート』より

 

1993年3月(62歳) 第65回アカデミー賞授賞式

映画『許されざる者』にて、作品賞、監督賞をW受賞。
映画『許されざる者』にて、作品賞、監督賞をW受賞。

1995年6月(64歳) 映画『マディソン郡の橋』より

共演のメリル・ストリープと。
共演のメリル・ストリープと。

1996年2月(65歳) AFI生涯功労賞受賞

アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)が主催する名誉賞で、映画・テレビを通じてアメリカ合衆国の文化発展に貢献した人物に贈られる。
アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)が主催する名誉賞で、映画・テレビを通じてアメリカ合衆国の文化発展に貢献した人物に贈られる。

2005年2月(74歳) 第77回アカデミー賞授賞式

映画『ミリオンダラー・ベイビー』にて、2度目となる作品賞、監督賞をW受賞。
映画『ミリオンダラー・ベイビー』にて、2度目となる作品賞、監督賞をW受賞。

「映画」代表出演、監督作11選


ここからは、出演作、監督作の代表「映画」をご紹介します。

『ローハイド』(1959〜1965年)

 

クリント・イーストウッドの俳優キャリアの転機となった西部劇のテレビ映画シリーズで、副隊長ロディを演じる。

あらすじ:舞台は1870年代のアメリカ西部。ミズーリ州のセデリアを目指すフェイバー(エリック・フレミング)一行は、道中で囚人護送車に出会う。脱走を企てた囚人たちに重傷を負わされた保安官の代わりに、フェイバーとロディ(クリント・イーストウッド)が護送することになるが…。

『荒野の用心棒』(1964年)

 

1965年『夕陽のガンマン』と1966年『続・夕陽のガンマン』と合わせ「ドル箱三部作」と呼ばれている作品。黒澤明の『用心棒』に感銘を受けて制作された作品であるが、黒澤側に許可を得ていなかったため東宝が著作権侵害として告訴、勝訴している。

あらすじ:1872年、ニュー・メキシコには無法者が横行していた。ある日、流れ者のガンマン、ジョー(クリント・イーストウッド)がやってくる。彼は町を牛耳っているふたつの勢力の共倒れを企てていたのだった。

『ダーティハリー』(1971年)

 

シリーズ全5作品からなる刑事アクション映画。『ダーティハリー4』ではクリント・イーストウッド自身が監督を務める。

あらすじ:悪に対しては手荒な手段も選ばないハリー・キャラハン刑事(クリント・イーストウッド)。汚い仕事を任されることから、彼は周囲から「ダーティハリー」と異名をつけられていた。ある日、プールサイドにて女が襲撃され、犯人からの脅迫状がハリーらのもとに届く。

『恐怖のメロディ』(1971年)

映画ワンシーンより、共演のジェシカ・ウォルターと。
映画ワンシーンより、共演のジェシカ・ウォルターと。

クリント・イーストウッドの監督デビュー作。

あらすじ:ラジオDJをしているデイブ(クリント・イーストウッド)のもとに、毎晩「『ミスティ』をかけて」とリクエストしてくる女性がいた。やがてその女性イブリン(ジェシカ・ウォルター)に出会ったデイブは一夜を共にする。しかしその後、デイブはイブリンに付きまとわれるようになり…。

『許されざる者』(1992年)

第65回アカデミー賞授賞式にて、俳優のジャック・ニコルソン(左)、バーブラ・ストライサンド(右)と。
第65回アカデミー賞授賞式にて、俳優のジャック・ニコルソン(左)、バーブラ・ストライサンド(右)と。

クリント・イーストウッドの監督/出演作で、アカデミー賞で作品賞、監督賞を受賞。

あらすじ:かつて悪名で名を轟かせたウィリアム(クリント・イーストウッド)だったが、妻に先立たれ、今では農夫として幼い子どもたちとともに静かに暮らしていた。そんな彼の元に、賞金稼ぎの話が持ちかけられる。生活費を稼ぐために、再びウィリアムは立ち上がるが…。

『マディソン郡の橋』(1995年)

映画ワンシーンより、共演のメリル・ストリープと。
映画ワンシーンより、共演のメリル・ストリープと。

ロバート・ジェームズ・ウォラーの同名ベストセラー小説を原作とした、クリント・イーストウッドの監督、出演作。

あらすじ:アイオワ州マディソン郡に住む主婦、フランチェスカ(メリル・ストリープ)。夫と子どもたちが出かけるため、4日間ひとりで過ごすことになる。するとカメラマンのロバート(クリント・イーストウッド)に出会う。それは、生涯忘れられない4日間となるのだった。

『ミスティック・リバー』(2003年)

左から出演のショーン・ペン、ケヴィン・ベーコンと。
左から出演のショーン・ペン、ケヴィン・ベーコンと。

デニス・ルヘイン著の同名小説を、クリント・イーストウッドが映画化。アカデミー賞にて作品賞をはじめとする6部門にノミネートされ、主演男優賞、助演男優賞を受賞。

あらすじ:幼馴染のジミー(ショーン・ペン)、デイブ(ティム・ロビンス)、ショーン(ケヴィン・ベーコン)は、幼いころにデイブが誘拐されてしまったことをきっかけに疎遠になっていた。25年の月日が経ち、ジミーの愛娘が死体で発見される。刑事となったショーンが事件を担当すると、デイブが容疑者として浮上する。

『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)

共演のヒラリー・スワンク(中央)、モーガン・フリーマン(右)と。
共演のヒラリー・スワンク(中央)、モーガン・フリーマン(右)と。

F.X.トゥール著の同名小説を、クリント・イーストウッドが映画化、出演した作品。アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞を受賞。

あらすじ:貧しい家で育ち、家族から愛情を受けずに育ったマギー(ヒラリー・スワンク)は、自分の存在を証明するために女子ボクシング界での成功を夢見る。そしてマギーは数多くの有名ボクサーを育ててきたフランキー(クリント・イーストウッド)に弟子入りを依頼する。

『硫黄島からの手紙』(2006年)

出演の渡辺謙と。
出演の渡辺謙と。

日本兵からの視点で硫黄島の戦いを描いた、クリント・イーストウッド監督作品。ロン・パワーズのノンフィクション小説『硫黄島の星条旗』を原作とした映画『父親たちの星条旗』との2部作になっている。

あらすじ:1944年6月、第二次世界大戦中、硫黄島では日米軍の戦闘が開始されようとしていた。そこにアメリカ留学経験のある陸軍中将の栗林(渡辺謙)が降り立つ。戦死が名誉とされていたなか、彼は兵士たちに生きて帰るよう命じる。

『グラン・トリノ』(2008年)

共演のビー・ヴァン(左)、アーニー・ハー(右)と。
共演のビー・ヴァン(左)、アーニー・ハー(右)と。

クリント・イーストウッドの監督、主演作。

あらすじ:元軍人のウォルト(クリント・イーストウッド)は、近所に住んでいるアジア系やラテン系の移民との交流を拒む人種差別主義者だった。ある日、愛車を盗もうとした隣人でアジア系移民の少年タオ(ビー・ヴァン)と出会い、交流が始まる。

『運び屋』(2018年)

共演のアンディ・ガルシアと。
共演のアンディ・ガルシアと。

クリント・イーストウッドの監督、主演作。

あらすじ:90歳のアール(クリント・イーストウッド)は、商売に失敗し自宅を差し押さえられそうになっていた。金に困っていた彼のもとに、車の運転という仕事が持ちかけられる。簡単な仕事と思い引き受けるが、実は麻薬を運ぶという危険な内容だったのだ。

「妻」との写真10選


クリント・イーストウッドは過去に2回の結婚、離婚を経験しました。ここからは「妻」との写真をお届けします。

マギー・ジョンスン(1953〜1984年)


1953年に、モデルをしていたマギー・ジョンスンと交際6ヶ月で結婚。クリントの浮気が原因で別居に至り、破局と復縁を繰り返し1984年に離婚が成立しました。

1956年6月 自宅にて

 

1956年6月 自宅にて

 

1960年

 

1970年 映画『ペンチャー・ワゴン』イベントにて

 

1971年6月 カリフォルニアにて

 

ディナ・ルイス(1996〜2014年)

1996年にジャーナリスト、ニュースキャスター、俳優のディナ・ルイスと再婚。2013年に破局を発表し、2014年に離婚が成立しました。

1996年1月 第53回ゴールデングローブ賞授賞式

 

2002年6月 マウイ・フィルム・フェスティバル

 

2004年2月 第10回全米映画俳優組合賞授賞式

 

2004年12月 映画『ミリオンダラー・ベイビー』NYプレミア

 

2005年2月 第77回アカデミー賞授賞式

映画『ミリオンダラー・ベイビー』にて、2度目となる作品賞、監督賞をW受賞した際に、祝福のキスを。
映画『ミリオンダラー・ベイビー』にて、2度目となる作品賞、監督賞をW受賞した際に、祝福のキスを。

「子ども」娘、息子との写真7選


最初の妻マギー・ジョンスンとの間に2児を、2番目の妻との間に1児を、そして交際していた女性らとの間に5児を授かったクリント・イーストウッド。ここからは「子ども」との写真をご紹介します。

ローリー・マレー(1954年誕生)

最初の妻、マギー・ジョンスンと婚約中に交際していた女性との間に誕生。母親は妊娠をクリントに告げず、生まれたローリーを養子に出したそう。のちにクリントが父親だと発覚し、父娘は良好な関係を築いているそう。

キンバー・リン・イーストウッド(1964年6月17日誕生)

クリントがマギー・ジョンスンと結婚中、ダンサーのロクサーヌ・チュニスとの間に誕生。メイクアップアーティストとして活躍。

2013年4月 第17回プリズム賞授賞式

 

カイル・イーストウッド(1968年5月19日誕生)

最初の妻マギー・ジョンスンとの間に生まれ、ベーシスト、作曲家として活躍。クリントとは映画『センチメンタル・アドベンチャー』や『マディソン郡の橋』などで共演。

2006年10月 ソロアルバム『Now』リリースイベント

 

アリソン・イーストウッド(1972年5月22日誕生)

最初の妻マギー・ジョンスンとの間に生まれ、俳優、モデル、デザイナーとして活躍。

2015年6月 チャリティーイベントにて

 

スコット・リーヴス(1986年3月21日誕生)

客室乗務員のジョセリン・リーヴスとの間に誕生し、俳優として活躍。

2016年9月 映画『ハドソン川の奇跡』上映会

 

キャスリン・リーヴス(1988年2月2日誕生)

客室乗務員のジョセリン・リーヴスとの間に誕生した、スコット・リーヴスの妹で俳優として活動。

2018年2月 映画『15時17分、パリ行き』プレミア

 

フランチェスカ・ルース・フィッシャー・イーストウッド(1993年8月7日誕生)

交際していた俳優のフランシス・フィッシャーとの間に誕生し、俳優として活動。

2017年10月 映画『M.F.A.(原題)』プレミア

 

モーガン・イーストウッド(1996年12月12日誕生)

2番目の妻、ディナ・ルイスとの間に誕生し、モデル、俳優として活動。

2017年5月 チャリティーイベントにて

 

「現在」の写真2選


最後に、公の場で撮影された最新の「現在」の写真をご紹介します。2024年2月時点では93歳のクリント・イーストウッド。2024年には最新監督作『Juror No. 2(原題)』が公開されると報じされています。巷ではこれが引退作品になるのでは… と噂されていますが、卒寿を過ぎても精力的に活動する彼から、今後も目が離せません。

2020年1月(89歳)AFI賞昼食会

 

2022年2月(91歳) AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ

 

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PHOTO :
Getty Images
EDIT&WRITING :
阿部芙美香