決して一般ウケはしないけれど、セレクトショップのスタッフ、エディター、スタイリストといったおしゃれ業界人から、圧倒的に支持される英国ブランドが「E TAUTZ(イートウツ)」。私山下も大好きなブランドです。そのデザイナーを務めるパトリック・グラントさんが来日されたというので、ちょっと雑談してきました。

2014年に山下が買った「イートウツ」のコート。英国ミリタリーの傑作モーターサイクルコートを現代的にアレンジしたもので、当時は珍しい膝下丈。これを着て街を歩くとガシガシスナップされたものです。
2014年に山下が買った「イートウツ」のコート。英国ミリタリーの傑作モーターサイクルコートを現代的にアレンジしたもので、当時は珍しい膝下丈。これを着て街を歩くとガシガシスナップされたものです。

靴やニットといった老舗ファクトリーブランドを除くと、実は英国っぽい英国の既製ファッションブランドって、あんまりないんですよね。英国人に人気のあるブランドって「ALL SAINTS」に代表されるように、コンテンポラリー&インターナショナル&スキニーなデザインばかりで、正直いって「英国モノ」に夢を見てきた服ヲタたちにとっては少々物足りなかったんです。しかも産業構造の問題もあり、そもそも英国でものづくりをしているブランド自体がほぼ皆無だったわけで。しかし近年、そんな状況に風穴を開けてくれたのが「イートウツ」。ここの服って英国のトラディショナルなデザインをベースにしながらも、単にリプロするだけではなく、デザイナーズならではの〝空気感〟をちゃんとまとっている。しかもニットだけではなく、ジャケットもシャツも、生地も含めてぜーんぶ英国製! それでいて値段はギリギリ(日本だとちょっと高いけど)リアルという、絶妙な線を突いてくるんだよな〜。僕が知る限り、90年代以降こんなブランドは初めてだったような気がします。というわけで僕もコートやニットなどをガシガシ買ったものですが、そんな洋服をつくっているデザイナーが、こちらのパトリック・グラントさん。メンズプレシャスの読者の皆様にとっては、サヴィル・ロウのテーラー「ノートン&サンズ」のクリエイティブ・ディレクターといったほうが通りがいいかもしれません。

PATRICK GRANT(パトリック・グラント)/1972年、スコットランド生まれ。名門オックスフォード大学でMBAを取得後、ファッションとは全く畑違いの世界で活躍していたが、2005年にサヴィル・ロウのテーラー「ノートン&サンズ」を買収し、ファッション業界でのキャリアをスタート。2009年には「イートウツ」を立ち上げる。
PATRICK GRANT(パトリック・グラント)/1972年、スコットランド生まれ。名門オックスフォード大学でMBAを取得後、ファッションとは全く畑違いの世界で活躍していたが、2005年にサヴィル・ロウのテーラー「ノートン&サンズ」を買収し、ファッション業界でのキャリアをスタート。2009年には「イートウツ」を立ち上げる。

イートウツといえば業界人気NO.1ブランドですが、その状況は知っている?

ロンドンにはお店があるのでお客さんのテイストはだいたい把握していますが、日本にはお店がないのでね。ただ取扱店が増えたこともあり、今回はそれをチェックする目的もあり、来日しました。そうしたら皆さんが着ているので、自分たちの服が受け入れられているんだな、と感じましたよ。

日本人のおしゃれはどうですか?

日曜日に高円寺の古着屋を色々と見て回ったのですが、日本人は50〜60年前の古着を今のものとミックスして着ている人が多く、新鮮でした。それって洋服への深い理解がないとできないことなので。加えてさらにイタリアやフランスなどテイストを取り入れたりと、ミックスのセンスが素晴らしいですね。

イートウツならではの空気感はどうやって生まれてきたの?

1980〜90年代のファッションにあった大きなショルダーや長い着丈、やわらかな仕立てといった要素に5、6年前から注目しだしました。その頃は長年流行っていたスキニーなファッションには飽きてしまって、新しいシルエットを模索した末に、その時代のスタイルに新しい素材や仕立てを落とし込む、という発想に行き着いたのです。

イギリスでの評判はどうでしたか?

スポーツウエアではそういったアプローチは注目されだしていましたが、テーラーの業界では間違いなく自分たちがはじめてでしたね。2013年のコレクションではじめてハイウエストのワイドパンツを発表して、2015年からはジャケットの着丈を長くしたり、ドロップショルダーをはじめました。最近はバレンシアガなどがさらに極端なシルエットを展開したり、エルメネジルド ゼニアといったブランドも徐々にビッグサイズに傾倒していますが、ファッションは常に進化するものなので、それはよい状況じゃないかと。ロンドンじゃいまだにスキニーが大多数ですけれどね。

同じようなセンスをもつブランドって他にありますか?

ヘンリー・ホランド(House of Holland)、クリストファー・ケーン(Christopher Kane)、アデム(ADEM)、アート・カムズ・ファースト(Art Comes First)など、才能のあるデザイナーはたくさんいます。でもデザインやファッションへのアプローチはみんな自分の経験や考えを反映しているから、やはりちょっと違いますね。そもそも他人のことをそれほど気にせずに自分の世界を極めるのが、英国人デザイナーの特徴なんですよ。

あなたのデザインへのアプローチって?

僕はその時々で自分が感じて、正しいと思ったものをつくっているだけ。それがときにはノスタルジックに、ときにはモダンに傾いていくだけ。ただ共通するのは、〝自分が着れるか否か〟という基準で考えていること。自分では着ないというデザイナーもいますけれどね。この間ロンドンの駅で「イートウツ」のパンツをはいている人を見たのですが、「クリストファー・ケーン」みたいなモダンなスニーカーと合わせていて、僕には決してできない着こなしでしたが、それはそれでバッチリ決まってました。そういう風に着る人それぞれの理解で着こなしてもらえればいいですね。

趣味は?

山登りやサイクリングかな。最近は国立公園の中にある古い農家を買い取って改築している途中です。山の近くに拠点がほしくて。あとかつての趣味だった水彩画をまた再開しました。日本の風景も描きたいですね。

ロンドンのテーラー業界については?

ほとんどのイギリスのテーラーは視野が狭くて、今でのサヴィル・ロウのやり方に固執しすぎていますが、それは危険だと思っています。もともと「イートウツ」の創業者であるエドワード・トウツさんは新しい機能も積極的に取り入れる革新的な人で、ニッカボッカを発明したんです。イギリスといえば高級志向で閉鎖的なイメージもありますが、僕たちは彼の魂を受け継いで、開かれた民主的なものづくりをやってきたいと思います。

これからの方向性は?

個人的に大きなブランドが好きじゃなくて、●●●●(以下想像してください)とか●●●●とかは買わないし(笑)、好きなのは魂がこもっている服。自分たちのつくっているものにプライドがあるか?ということが大切だと思う。「イートウツ」はどこの空港や大通りにもあるようなブランドではなく、本当にいいと思った店だけで展開してほしい。世界でもあと5店舗くらいあれば十分じゃないかな。このブランドを始めて9年になりますが、あと9年この状況が続いて、ビジネスがちょっと大きくなっていればそれでいいかな。先日は●●●●の社長が過去最高益だと喜んでいたけれど、僕に言わせればそれがなんなの?と。それが永久に続くことなんてないんだから。今のファッション業界は貪欲すぎ、求めすぎなんですよね。

それは安心しました。これからも服好きを満足させるブランドであってください!

そうありたいですね!

実は彼と会うのは2度目。じっくり話すのは初めてでしたが、こんなに情熱的なナイスガイだったとは意外でした! ちなみに僕が着ているセーターも「イートウツ」のもの。
実は彼と会うのは2度目。じっくり話すのは初めてでしたが、こんなに情熱的なナイスガイだったとは意外でした! ちなみに僕が着ているセーターも「イートウツ」のもの。
この記事の執筆者
MEN'S Preciousファッションディレクター。幼少期からの洋服好き、雑誌好きが高じてファッション編集者の道へ。男性ファッション誌編集部員、フリーエディターを経て、現在は『MEN'S Precious』にてファッションディレクターを務める。趣味は買い物と昭和な喫茶店めぐり。