きっかけはテレビで見たタスマニア産のチョコレート

私は日々原稿を書くことを生業にしているからか、言葉のパワーを信じています。言霊(ことだま)というワードを使うとスピリチュアルに聞こえすぎるかもしれませんが、日々自身の願いや希望を実際に言葉にし、口にすることで、自分自身の心持ちはもちろん、周囲の環境も変化していくことを何度も実感しているからです(とはいえ、「痩せる!」ともう何十年も言い続けているのに、一向に減量できないのはなぜでしょう?)。
今回も、「行きたい!」と何度も口に出していたからでしょうか。旧知のオーストラリア政府観光局のNさんから、「タスマニア島に行ってみませんか」とお誘いをいただきました。私のタスマニア熱のきっかけは、NHKで放送されていた『世界はほしいモノにあふれてる(略称せかほし)』というシリーズ。世界を旅するバイヤーたちのすてきなモノ探しをレポートする番組ですが、2018年7月に放送された回でタスマニアのチョコレートを紹介していたのです。
タスマニアの農場でつくられているというチョコレートとチーズがおいしそうだったのはもちろんなのですが、なによりタスマニアの自然が美しくて。清澄な空気と水があるこの島へ、ずっと行きたいと考えていました。今年は25年だから……実に7年間の「行きたい」という気持ちが結晶したことになります。
島の40%が保護区や国立公園という特別な場所
まずは、タスマニア島の位置を確認しておきましょうか。オーストラリア最南端の州であるタスマニアは、ちょっとリンゴ型のように見える島。オーストラリア全土の0.9%に過ぎないと言われるものの、これは北海道の約8割でもあり、日本の我々からするとかなり大きな島という印象があります。
直行便は飛んでいませんがメルボルンやシドニーから乗り継ぎ、トランジットを含めても約10時間程度で到着。時差は1〜2時間しかないのでアクセスも悪くはありません。空港はなんと9つもあり、主に使われているのはホバート国際空港とロンセストン空港。この2つの空港間をクルマで移動するには4時間ほどかかるので、自分の行きたい場所や街を決めてからチケットを購入することをおすすめします。

タスマニアの見どころといえば、まず大自然です。ひとつの島にありながらその地形と気候は多様で、ジャングルや砂丘、氷河湖、そしてオーストラリア固有の植物をたくさんみることができる平原……自然や植物を愛する人におすすめしたい絶景ポイントから挙げていくことにしましょう。
1.「クレイドル・マウンテン」で絶景ウォーク

クレイドル・マウンテンとはタスマニアの世界遺産「タスマニア原生地域」の一部にして、「クレイドル・マウンテンーセント・クレア湖国立公園」内にある山脈のこと。ここでは、体力と気力に応じて、所要時間20分~5日間(!)の20種ものハイキングコースが用意されています。
私たちが参加したのは、クレイドル・マウンテンの下を流れる氷河によって削られた湖、ダブ湖(Dove Lake)をめぐる約6kmのコース。ガイドのネイサン(26)いわく「コースはだいたいフラットだよ」というので安心して参加しましたが、随所にアップダウンがあるコースにヒーヒー。「けっこうキツいじゃん」と軽く文句を言ったら、「地球は丸いんだから、ホントにフラットな道なんてないよね」とウィンクされました。あ~、かわいいから許しちゃう。

体力の衰えを痛感したウォーキングでしたが、小さな草花からダイナミックな樹々、透明なダブ湖の湖水、遠くへ続く山なみを眺めながらの約2時間は貴重な体験でした。このクレイドル・マウンテンのウォークを楽しむにはオンラインかビジターセンターで販売されているパスが必要です。
●Cradle Mountain
https://passes.parks.tas.gov.au/

2.かわいらしい野獣「タスマニア・デビル」
冒頭で、私がタスマニアに行きたくなったのはNHKの番組「せかほし」がきっかけだったと書きましたが、この島の存在を知ったのはもう少し前。「タスマニア物語」(1990年公開)という映画でした。脱サラして、幻の動物タスマニア・タイガーを探しに行ってしまった田中邦衛さん演じる父を訪ね、息子がタスマニアを旅するという内容だった気がしますが、観ていないのでわかりません。ではなぜ知っているか? といいますと、当時、フジテレビが怒涛の勢いで宣伝していたから。この映画は何らかのトラブルにより、公開前年の冬に急遽撮影する必要があり、好天が期待できる南半球を舞台にしたという大人の事情があったそうで、急ごしらえの映画を成功させるべく、制作サイドに入っていたフジテレビが社をあげてPRや宣伝番組を放送したのだとか。今の時勢に鑑みますと隔世の感がありますが、あの映画をきっかけに多くの人がタスマニアを知ったことは否めません。ありがとう、フジテレビ。
で、残念ながらタスマニア・タイガーは現在絶滅しているようなので見ることはできませんが、同じく固有の種でタスマニア・デビルには会えるというので、もちろん出かけました。

「デビルス@クレイドル」は「クレイドル・マウンテンーセント・クレア湖国立公園」の入り口あたりにある、タスマニア・デビルの保護施設。ここでは間近にデビルたちを観察できるほか、ガイド立ち合いのもと、ウォンバットやデビルの赤ちゃんなどにそっと触れることができます。

ガイドさんの説明により、デビルは世界最小の肉食動物であること、土中に穴を掘って暮らし、日中は日向ぼっこしながら寝ている、前歯の牙は一生伸び続ける、強いストレスを感じるとものすごく臭くなる……などなどいろいろ教えてもらいましたが、私が一番興味深いと思ったのは、こちら。
「デビルはカンガルーなどと同じく有袋類のため、お腹に育児嚢がついているが、土中を掘りながら暮らすため、向きが下(お尻方向)になっている」
つまり、カンガルーの赤ちゃんがポケットから顔を出す際は頭むきに出ますが、デビルの赤ちゃんはお尻方向に顔を出すというわけ。上向きについているとポケットに泥が入ってしまうという至極明快な理由からだそうですが、なんかかわいくないですか?
ちなみにこの育児嚢、日本語ではポケットと呼びますが、英語ではPouch(パウチ)と表現されていました。なるほどポーチって小袋ですもんね、納得です。こういうちょっとしたことを知ることが旅の楽しさでもあります
●Devils@Cradle
https://devilsatcradle.com/
ガイドツアーつき入園(大人)$25~。
3.犬と一緒に「トリュフ・ハンティング」
デビルからもうひとつ、動物の話題を。「ザ・トリュフファーム」はオーストラリア初のトリュフ農園。ゲストはここで有料のツアーを申し込むことで、犬たちと一緒にトリュフの収穫を体験できるのです。

そもそもトリュフが栽培できるものだとは知りませんでした。案内してくれたアンナさんにお話を聞きますと、このファームはアンナさんの父、ティム・テリーさんが1999年に創業。タスマニアの気候、澄んだ空気、水、肥沃な土壌が黒トリュフにとって完璧な生育環境であると考えたティムさんは長い試行錯誤の末、オーク林が黒トリュフにとって最適であるという結論に達したのだそうです。以来、この冷涼な林でゆっくりと育てられる高品質なトリュフはオーストラリア始め、世界のレストランへ送られるほか、私たちのようにファームを訪れるゲストのためのツアーエクスペリエンスとして提供されています。
トリュフを豚や犬が探すという光景は話に聞いたことがあっても、なかなか見ることはできません。野山をくんくんしながら駆け回るのかと思っていましたが、ここの犬たちは特別に訓練されていることもあり、「Go!」の掛け声とともにいとも簡単にトリュフをポイントしてくれます。

「ここ掘れ、わんわん」とは言いませんが(笑)、鼻で差してくれるポイントを、そ~っと土を掻き分けていきますと、あった‼ キズをつけないように掘り出した黒トリュフ。ランチでは、3種のチーズトーストサンドイッチにこれでもか、とばかりに削ってくれました。こんなの、おいしいに決まっています。

南半球は気候が逆のため、北半球でトリュフが採れない夏にオーストラリア産のトリュフを目にすることはいままで何度もありましたが、実際に栽培されている環境を自分の目で見て、さらに自分の手で採取することになるとは、なんと贅沢な体験でしょう。「もしかして白トリュフも……?」と聞いてみましたが、黒と違い、白は栽培が格段に難しいのだそうです。「でも数年内には成功すると思いますよ」というアンナさんの言葉を信じ、ぜひ再訪したいと思います。
●The Truffle Farm
www.thetrufflefarmtasmania.com.au/
ランチ付きトリュフ・ハンティングツアーは$195~。
4.「ジョセフ・クローミー」のスパークリングワイン
私を知る人なら、「あれ? タスマニアまで行ったのに、まだ飲まないの?」と思われることでしょう。そう、タスマニアはワインやジン、ウイスキーなどの名産地でもあります。なかでも、冷涼な気候を活かしてつくられるスパークリングワインの品質の高さは有名。

「ジョセフ・クローミー」は、ポケットに数枚のコインしかもたず、まさに一文無しでオーストラリアへ渡りながら、今や実業家として成功し、「タスマニアの父」と称されているジョセフ・クローミー氏のワイナリー。タスマニアの冷涼な気候と肥沃な土壌からエレガントなワインを生み出し、とくにスパークリングワインは多くのアワードやメダルを獲得しています。シャンパーニュと同じく瓶内二次発酵でつくられるスパークリングワインはスムースでシルキーな飲み心地とふくよかな味わいが身上。ピノ・ノワール100%のロゼ・スパークリングをお土産に購入しました。
●JOSEPH CHROMY
https://josefchromy.com.au/
5.「メリタ・ハニー・ファーム」のハチミツ

ワインを買いましたが、それはあくまで自分用。帰国後に友人たちに渡せるようなもう少し小さくて、軽量なもの、何かないかな…と思っていたら、かわいらしいハチミツ専門店に出会いました。「メリタ・ハニー・ファーム」は50種以上のハチミツをテイスティングしながら選べるのがウリ。タスマニア原産であるレザーウッドのシングルオリジンハニーを購入しながら、ついハチミツアイスも食べちゃった。これがまたタスマニア産ミルクを使用していてまろやか、けっこうなお味でした。
●Melita Honey Farm
https://melitahoneyfarm.com.au/pages/visit
6.「COAL LIVER FARM」のファームランチ


そもそも小さな野菜農園から始まったという「コール・リバー・ファーム」は現在、チョコのほかチーズ工房、カフェ、レストランを併設。まさにFarm to Tableなランチを楽しむことができます。フレッシュな野菜のサラダと焼きたてのパン、チーズ、そしてチョコレート……他にはなにも要らないなと思わせるパーフェクトなランチでした。
●COAL LIVER FARM
https://www.coalriverfarm.com.au/
7.州都ホバートの多彩な楽しみ方
さて、ここまでタスマニアのややワイルド&ナチュラルな魅力をご紹介してきましたが、その魅力はカントリーサイドばかりにあるわけではありません。たとえば州都ホバートの人口は約20万人で、これは日本でいえば私の住んでいる文京区(東京)と同じくらい。都市としての歴史はシドニーに次いでオーストラリアで2番目に古く、大学もあるし、街をあるけばバーやカフェ、ライブハウスも多く、知的好奇心を刺激してくれるエリアです。

「サラマンカ・マーケット」はタスマニアでもっとも多くの人が訪れる観光スポット。毎週土曜日の午前8時半から午後3時まで、約500mの通りに300以上のお店やアーティスト、農家など生産者が出店し、新鮮な農産物や温かいお惣菜、陶器、ニット、アロマキャンドルなどのハンドメイド品が並びます。私はここで、撚糸、染色などすべて手づくりの毛糸を購入しました。冬までに何か編めるかな。

レストランも充実しており、たとえば海沿いのレストラン「MARIA」はシックな内装でちょっとドレスアップしていかないと恥ずかしい雰囲気だったり、オーガニックな食材にこだわる「Berta」では、メルボルンやシドニーの人気カフェと同様おいしいコーヒーとアボカドトーストが味わえます。


宿泊は昨年10月にオープンしたばかりの「ダブルツリーbyヒルトン・ホバート」へ。ビジネスエリアの中心にあり、「サラマンカ・マーケット」までも至近。空港からのバスも目の前に停まるアクセスの良さと、プールやサウナなどウェルネスが充実しているのもありがたいポイントでした。
●MARIA
https://restaurantmaria.com.au/
●Berta
https://www.bertahobart.com.au
●DoubleTree by Hilton Hobart
https://www.hilton.com/ja/hotels/hbamadi-doubletree-hobart/
7年越しの「行きたい」が結晶したタスマニア島への旅でしたが、印象に残ったのはその空気と水のおいしさ。旅の途中から、「ここへ移住したらどんな生活が待っているだろうか」と夢想し始め、旅の終わりには「ここでどぶろくをつくったらどうだろう」と考えていました。
タスマニアで稲作は見かけませんでしたが、気候的には可能。その米からどぶろくをつくったら、地元の人々にも受け入れてもらえるでしょうか? どぶろくと和食のオーベルジュなんてオーストラリアの人たちにもウケるかな? でもせっかく実った米がぜんぶカンガルーに食べられちゃったりして……と、夢はいまもタスマニアをかけめぐっています。
取材協力
オーストラリア政府観光局
www.australia.jp

- TEXT :
- 秋山 都さん 文筆家・エディター
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- WRITING :
- 秋山 都
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- オーストラリア政府観光局