『プラダを着た悪魔』の影のキーマンは、”悪魔2”で、さらなる重要人物になっていた

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2006年6月、ニューヨーク市のロウズ・リンカーン・センター・シアターで開催された映画『プラダを着た悪魔』プレミア上映にて。左からスタンリー・トゥッチ、メリル・ストリープ、エイドリアン・グレニエ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント、ダニエル・サンジャタ。(C)Evan Agostini/Getty Images

かつて、これほどまでに続編が待たれた映画はなかったかもしれない。いや、もともと続編など全く考えていなかったのに、異様にリピート視聴され、次が見たいもっと見たいとの声に答えた、じつに約20年ぶりの2作目は、続編と呼べるのかどうか。

ちなみに、原作者ローレン・ワイズバーガーは、2013年に続編『プラダを着た復讐』なる小説を出版しているが、この時は映画化していないのだ。
いずれにせよ『プラダを着た悪魔2』という新作は、公開がまだまだ先、2026年5月以降だというのに、今から大きな話題になっている。ストーリーの一部がすでに報道されているほどに。それくらいみな、"その後の展開"を強く知りたがったからなのだろう。
ただ、実際のストーリーは2作目の小説とは異なる内容で、現時点で何となくわかっているのは、せいぜいここまで。メリル・ストリープ扮する"悪魔"は、今も同じ雑誌の編集長をしているが、折からの出版不況に苦しみ、頼らざるを得なくなったのが、ラグジュアリーブランドの重役となっていた、エミリー・ブラント扮する先輩アシスタント、エミリーだった。

そう、この赤毛のエミリーの存在こそが、『プラダを着た悪魔』に何とも言えない深みを与え、非常に面白くしていた1つの鍵なのだ。アン・ハサウェイが演じた主人公の後輩アシスタントへの態度は"悪魔編集長"ゆずりで、冷淡で手厳しい。ただ、意地悪かというとそうではなく、ギリギリのところでイビリにはならない辛辣さで、後輩を指導するのだが、その辺りが絶妙にして何とも愉快。こういうタイプって自分の身近にもいると、大きくうなずきながら見ていた人は少なくないはず。さすがに"悪魔"までは身近にいなくても、こういう先輩や同僚に軽く苦しめられていた人は、この映画にただならぬ共感を覚えたはずなのだ。

という訳で、映画の成功は働く現場での共感性にあったと言えるが、そのキーマンは意外にもエミリーであり、エミリー・ブラントであったのではないか? そう考えてみたのである。

あのオッペンハイマーの妻で、強烈な女性を演じて絶賛を浴びた人

実際にこの映画での存在感はなかなかだった。多くの助演女優賞にもノミネートされているが、W主演の最強女優たちの間で紛れてしまわなかったのは、それだけで凄いこと。
実は初めてのハリウッド映画出演だった本作でいきなり存在感を見せつけたエミリー・ブラントは、その後間もなく『ヴェクトリア女王 世紀の愛』や『メリー・ポピンズ』などの主役に抜擢される。そこに共通するのは極めて個性的で特異ななヒロインであるということ。

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映画『ヴィクトリア女王 世紀の愛』のアメリカプレミアに登場したルパート・フレンドとエミリー・ブラント。2009年12月、ロサンゼルスのパシフィック・グローブ・シアターにて。(C)Alberto E. Rodriguez/Getty Images

映画ではさほど描かれていないものの、史実によればヴェクトリア女王は小柄で太め、我がままで短気で猪突猛進でありつつも、夫を心から愛し、結果として繁栄を極める最強の女王となった人。そしてメリー・ポピンズはどこまでもユニークな家庭教師。最近では、原爆の開発者オッペンハイマーの妻を演じて、 初めてアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされている。

この役もまた独特で、 生物学者にして植物学者、アメリカ共産党員でもあり、 オッペンハイマーと結婚する前になんと3度も結婚している強烈な女性。オッペンハイマーとは添い遂げるものの、彼には、これまた学者で共産党員の愛人がいて、 本気で結婚を望んだ本命は愛人のほうだったと言われる。

いずれにせよ王道の美人女優にはオファーが行かないような、癖のある役ばかり。もちろん演技のうまさゆえだろうが、どの役もこの人自身と思いっきり重なって見えてくる。意志も強く、気も強い……それこそ先輩アシスタント役で後輩に勝手にライバル意識を燃やし、強烈な負けん気を見せるエミリーに、ちょっとだけ加担したくなったのも、身近にいるこうしたタイプへの共感とともに、何か憎めなさを感じるから。それがこのエミリーの、というよりエミリー・ブランド本人の魅力でもあるのだろう。

子供の頃に重度の吃音に悩んだ人がハリウッドでトップに登り詰める?

そもそもこの人は、子供の頃に重度の吃音に悩み、自分の名前をフルネームで言うのにも苦労し、だからいつもエミリーとだけ名乗っていたのだとか。しかし、演技講師をしていた母親のすすめで、演劇に挑むと、舞台の上では吃音が起こらないことに気づく。さらにいろんな人物を演じることにより吃音を克服していった。だから今も吃音協会でのボランティアに余念がないというのだ。

父は弁護士、母は優秀な言語学者、自らも将来は現代言語学を学んで、通訳や翻訳になるつもりが、結果として女優になった。「本当にラッキーだったと思う。ハリウッドでここまで登り詰めるとは夢にも思わなかったから、少しでも恩返ししたいと、暇さえあればジョンとチャリテイー活動をしているの」と語っている。

ジョンとは、映画監督にして俳優の夫ジョン・クラシンスキー。15年前に結婚し、二児を設けており、ヒット作『クワイエット・プレイス』では夫婦役で共演。この夫がまた折に触れ、妻を大絶賛するなど、ハリウッドきっての仲良し夫婦として、一緒に好感度を爆上げしている。
そうした私生活ぶりを見ていると、本当に味のある愛すべき女性であることは明らかで、知れば知るほど好きになる、そういうタイプの魅力的な女性なのである。

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2024年9月、テニスの全米オープン女子決勝戦を観戦するエミリー・ブラントとジョン・クラシンスキー。(C)Gotham/GC Images

あくまでも一般論としてだが、ハリウッドにおいてこういう人は、本来ならば重要なバイプレイヤーとして活躍するタイプの女優だったはずである。そして脇役はずっと脇役、というのが割にこの世界にありがちな法則なのだが、でもこの人はいつの間にか頭角を表し、そして主役を張るまでになっていた。それどころか、今や唯一無二、女性のエンパワメントを体現するような存在となっている。

『プラダを着た悪魔』では何となく不器用に見えた先輩アシスタントが、20年を経てハイブランドを牛耳る存在になっていることとも、それはダブってくる。
光が当たらなかった人にも光が当たる、今はそういう時代なのだろう。それほど気負わなくても、また必死で自分をアピールしなくても、才能ある人間は自然に表に出ていける、そういう時代であることも、さり気なくもドラマチックに教えてくれる、今やとても重要な存在なのである。

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PHOTO :
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WRITING :
齋藤薫
EDIT :
三井三奈子
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