ヨーロッパを旅したときにオペラを上演する劇場に足を運んだという人は、クラシックやオペラ・ファンならずとも多いのではないだろうか。ルネサンス期に貴族階級の娯楽としてイタリアで生まれ、ヨーロッパ各地に広がったオペラは、いくつもの時代を重ね、深く、華麗に発展していった。各国にある劇場はその象徴ともいえる存在で、一度は訪れる価値がある。とくに国立劇場は、オペラを通してその国の文化芸術に対する理解度を体現しているといっても過言ではない。

日本唯一のオペラ専用劇場

新国立劇場のオペラパレス

 日本で唯一の本格的なオペラ専用劇場をもつ国立の劇場といえば、東京・新宿の新国立劇場。その新国立劇場のオペラハウスでは、こけら落としから20年を迎えた今シーズン、記念の特別公演が続いている。5月20日から上演が始まるベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』もそのひとつ。

気鋭の女性演出家、カタリーナ・ワーグナー

演出家、カタリーナ・ワーグナー

 指揮は、今シーズンが新国立劇場のオペラ芸術監督の任期4年の最後となる飯守泰次郎。そして演出が、リヒャルト・ワーグナーの曾孫にあたり、バイロイト音楽祭総監督でもあるカタリーナ・ワーグナー。大きな注目が集まる公演だ。

ドイツ音楽に造詣が深いマエストロ、飯守泰次郎

指揮者、飯守泰次郎

 舞台の完成までに多くの人が携わるオペラだが、その中で演出家は、作品をどのような姿で実現させるかという構想を立てる舞台芸術面での責任者。たとえば、伝統的なスタイルで作曲家の意図したとおりに実現する場合もあれば、別の時代に設定を移したりなどして大胆に見せていく場合もある。衣装や装置を抽象的な概念に基づいてつくることで物語のテーマを強く浮き上がらせる、といった演出もある。つまり、演出家によって、同じ演目でも舞台上にまったく違った世界が展開することになる。その結果として、幕が下りたときには、その演出に対して、観客からは、賛辞と同様に否定的な反応が起こることもある。それもまた、時代の変遷を乗り越えて生き続けてきたオペラならでは魅力と言えるのだ。

 カタリーナ・ワーグナーは、ベルリン自由大学で演劇学を学び、オペラの演出家として活動してきた。これまで、『さまよえるオランダ人』『ローエングリン』『蝶々夫人』『タンホイザー』など、ワーグナー作品に限らず、さまざまな演目の演出を世界各国の劇場で手掛けている。2015年から総監督を務めているバイロイト音楽祭は、オペラの巨人、ワーグナーが自分自身の作品を上演するために建築した専用劇場「バイロイト祝祭劇場」で毎年行われているフェスティバル。世界でもっともチケットの入手が困難な音楽祭といわれている。カタリーナ・ワーグナー自身のバイロイト音楽祭の演出家デビューは2007年の『ニュルンベルグのマイスタージンガー』だった。ワーグナーの聖地に女性演出家が登場するのも初、それも20代でのセンセーショナルなデビューは大いにマスコミを賑わせた。

 そうした経歴を持つカタリーナ・ワーグナーは、斬新な解釈をすると評されることが多い演出家として知られている。そんな彼女に開場20周年記念を祝して新制作をする『フィデリオ』の演出を、と願ったのが、新国立劇場のオペラ芸術監督の飯守泰次郎氏である。

『フィデリオ』の上演を告知するインタビューの中で、飯守氏はこう語っている。

「ベートーヴェンの音楽は今でこそ古典と言われていますが、作曲当時は大変センセーショナルなものでした。ですから『フィデリオ』の革新性を表現するような、問題提起をする舞台をつくるべきだと思ったのです。カタリーナ・ワーグナーさんなら、そんな舞台をつくってくださるに違いないと思い、依頼しました」

 正義、自由、夫婦愛、そして神への愛を、崇高な音楽で描いた、ベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』。時は、18世紀のセビリア。男装したレオノーレが、不当に囚われた夫フロレスタンを救い出す物語で、第2幕のフィナーレでは圧倒的な高揚感がもたらされる。1805年の初年から9年をかけて改訂が重ねられた、楽聖ベートーヴェン渾身の作品だ。

 その名作に「新しい視点を提供したい」と語るカタリーナ・ワーグナー。オペラ界の最前線をリードする気鋭の演出家による『フィデリオ』には、すでに世界の期待が集まっている。そんな貴重な舞台を日本で体験できるとは、なんと幸せなことか。幕が上がった瞬間に目の前に現れるその世界は、長く脳裏に残るものになるに違いない。胸が高まる!

新国立劇場開場20周年記念特別公演 2017/2018シーズンオペラ
『フィデリオ』【全2幕/ドイツ語上演 日本語字幕付】
公演日:2018年5月20日(日)~6月2日(土)
会場:新国立劇場 オペラパレス/東京都渋谷区本町1-1-1

問い合わせ先

■2018/2019シーズンラインアップも発表されました!
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/variety/

この記事の執筆者
音楽情報誌や新聞の記事・編集を手がけるプロダクションを経てフリーに。アウトドア雑誌、週刊誌、婦人雑誌、ライフスタイル誌などの記者・インタビュアー・ライター、単行本の編集サポートなどにたずさわる。近年ではレストラン取材やエンターテイメントの情報発信の記事なども担当し、ジャンルを問わないマルチなライターを実践する。
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