【目次】
【前回のあらすじ】
前回の第40回放送は「尽きせぬは欲の泉」。この「欲」とは、さまざまな人物の「思惑」「欲望」「願い」を意味する一語でした。田沼政権で市中に蔓延した“楽しい楽しい江戸暮らし”を払拭すべく、いきすぎた倹約を強いる老中首座・越中守の松平定信(井上祐貴さん)の「欲望」。身上半減のお咎(とが)めをバネに、出版界での巻き返しを図る蔦重(横浜流星さん)の「思惑」。妻のきよ(藤間爽子さん)を失い、蔦重とも道を違おうとする歌麿(染谷将太さん)の「決意」。
 
寛政の改革を推し進める定信は、偏った見方しかできない“ヤバイ奴”ですが、実は黄表紙ファンでおちゃめな面もときおりチラッと覗かせる“憎み切れない奴”。自身が発令した厳しい政策によって黄表紙がつまらない教訓的な読み物になってしまったことについても「まことよい流れではあるが…」と一瞬口ごもってみたり。寛政の改革自体も、田沼意次(渡辺謙さん)と同じく、世の中をよくしたいという思いが根底にあります。意次と定信は、アウトプットの見え方が違うだけなのかもしれません。
カモフラージュするため、「教訓読本」と書いた袋に好色本を入れて売り出した蔦重と作者の山東京伝(古川雄大さん)は、蔦重が財産の半分を没収され、京伝は50日間の手鎖の刑に。蔦重はこの身上半減を逆手にとって一時は店を盛り返しますが、それも長くは続かず…。古い板木を集めて再印本(再販)を売り出そうとしたり、京伝に再び筆を執らせようと画策したり。そして何より気になっていたのが、歌麿が描いた上半身に寄った美人画(女性像)でした。
きよを妻に迎え、ようやく人並みの幸せを手に入れた歌麿は、きよの死と蔦重への想いを断ち切るかのように江戸を後にしていました。以前から「拙宅に肉筆画をぜひ」と依頼されていた栃木の豪商のもとに長逗留中の歌麿は、大先生という扱いに無理に慣れようとしているかのようで、どこか浮かない様子です。
ちなみに…実際に歌麿の肉筆画は江戸よりも地方に残っています。浮世絵版画は彫師と摺師がいないと商品になりませんが、描くだけで仕上がる肉筆画は、出先で描いてそのまま依頼主に納めることができたからでしょう。相当数の肉筆画が一か所に残っていることもあり、弟子を数名連れて行って総出で描くこともあったと考えられています。
歌麿の見守り役として同行した蔦重の母つよを演じている高岡早紀さんの、サバサバ感と人情味が相まった江戸の女子衆(おなごし)らしさが染みる回でもありました。
【クセ強すぎの新キャラ登場!】
さて、予定では『べらぼう』の放送回数は全48回です。ということは…あと2か月ないのです! そんな時期にもかかわらず、今回新キャラが2名登場しましたね。ひとりはイケボで人気の声優、もうひとりが画家としても活躍中のお笑い芸人です。
■津田健次郎さん演じる滝沢瑣吉(のちの曲亭馬琴)
新作を書くよう説得しに行った京伝の家で、戯作者の滝沢瑣吉(たきざわさきち)を紹介された蔦重。厄介者感満載の瑣吉を、「引き取ってくれたらうちの人に書かせるから」と京伝の妻・菊(望海風斗さん)に耳打ちされ、耕書堂の作家見習い兼手代として働かせることに。ところがこの瑣吉、本屋の手代としてはまるっきり使えないダメ従業員。さらには書く物語も独りよがり、世間のウケや他人の顔色は一切気にせず独自路線をまっしぐらのよう。しかし蔦重は、その思い込みの強さや斬新なアイディアなどに光るものを感じた様子です。敏腕出版プロデューサーとしての勘というやつでしょうか。そうなんです、さすが蔦重! この瑣吉、のちに人気作家・曲亭馬琴(きょくていばきん)として一世を風靡する男なのです。
史実でも、蔦重の耕書堂には同じように作家見習いだった曲亭馬琴が雇われていました。馬琴といえば『南総里見八犬伝』ですね。2023年前期放送のNHK朝ドラ『らんまん』で、浜辺美波さん演じるすえが夢中になって読んでいたあの読本(小説)です。
『南総里見八犬伝』は蔦重没後の作品で、版元も耕書堂ではありません。この作品以前に刊行された『椿説弓張月』は、作・曲亭馬琴、画・葛飾北斎。そうです、今回の放送で、のちの曲亭馬琴と葛飾北斎は出会ったのでした。
■くっきー!さん演じる勝川春朗(のちの葛飾北斎)
お笑いコンビ「野性爆弾」のボケ担当で、ミュージシャンや画家としての顔ももつ、くっきー!さん。今回の放送で、勝川春章(前野朋哉さん)の門人・勝川春朗として耕書堂の青い暖簾をくぐった瞬間から、異様な雰囲気を漂わせていました。
 
勝川春朗という名前は、一般的にはなじみがないでしょう。世界的に知られている「葛飾北斎」を名乗るのは、ずっと先のこと。師匠が亡くなったのち彼は30回も改名し、ついでに言うと引っ越しは90回以上に及びました。そのほとんどが小さなひと間暮らし(絵を描くスペースがあれば十分)、1日1~2回の食事はすべて近所の飯屋からのテイクアウト(寝食を忘れて作画に熱中)、散らかりすぎてどうしようもなくなったら引っ越す(掃除や片付けはしない)――相当な変わり者です! 娘の葛飾応為(おうい。本名は栄)が、最低限の身の回りの世話と制作のアシスタント的なことをしていたようです。
北斎の画業は、安永8(1779)年から嘉永2(1849)年までの実に70年間にわたります。役者や相撲取り、花魁や遊女、春画などに始まり、歴史上の人物、仏画、風景、花鳥、昆虫、龍などの架空の動物、建物、自然現象に幽霊まで、人間のさまざまな姿や森羅万象を描きました。版画だけでなく肉筆画もあり、いたずら描きの漫画の原点のような作風から細密画まで、ありとあらゆるものをさまざまな方法やタッチで描いたその数は、生涯で3万点とも4万点ともいわれています。
【『べらぼう』的「美人大首絵」はこうして誕生する!】
病に倒れた妻のきよを、「絵に命を写しとりてぇ」という思いで描き続けた歌麿。再び美人画を描くのはきよを思い出してつらい、だからもう描かない――という気持ちと、蔦重から離れなくてはという思いで、栃木へと旅立ちました。ところは蔦重は歌麿の美人画を諦められません。「女の大首絵なんて見たことねぇだろう」と言っていたように、バストアップの女性像という新たな構図で美人画を描かせたいのです。ところが歌麿を説得する材料が見つかりません。
美人娘と親しい(と、本人が思っているだけのようですが)瑣吉の案内で、行列ができるほどの看板娘がいる店を訪ね歩いたりもしますが、看板娘を描いてほしいというだけでは歌麿を説得できないだろうとわかっています。
そこで助け舟となったのが、蔦重の妻てい(橋本愛さん)と義兄の次郎兵衛(中村蒼さん)がおもしろがっていた『南北相法』という人相学の本です。
 
これまでは画一的な美人像でよかったけれど、歌麿ならその女性の内面まで描くことができるはず、じっと見入ってあれこれ想像を巡らせてしまう…という錦絵なら、きっと売れて歌麿は当代一の絵師になる、という寸法です。
きよも、歌麿が女性像を描くことを望んでいるんじゃないかと歌麿を説得した蔦重。江戸に戻って看板娘たちを写生する歌麿に、蔦重は似顔絵ではなくあくまでも美人画なのだとダメ出しし、その女性がどんな状況でその仕草や表情をしているのかを描いてほしいのだとまたダメ出し。なかなかいい出来だけれどもっとその「相(そう)」を描かなきゃと、さらに蔦重の要求は高くなります。
歌麿の美人大首絵がどういう経緯で出来上がったのか、実際のところははっきりしません。そこを、きよという不遇の妻を介在させ、歌麿をどんどんその気にさせ、最後は蔦重がキセルを使う様子から小道具を使うことを思いつかせる。
森下脚本、今回もお見事です。キセル、手鏡、手拭い、提灯、ポッピン…はい~出ました、ポッピン! 歌麿の美人大首絵最大の代表作といえるのが「婦人相学十躰(婦女人相十品) ポッピンを吹く娘」なのです。
ちなみにポッピンとは、ポッペンやポピンとも呼ばれるガラス製の玩具のこと。細い管の口から息を吹いたり吸ったりすることで、フラスコ状の底の薄いガラス面を振動させて音を鳴らすという、江戸時代に伝わった渡来品です。当時流行していた市松模様に桜の花が散った流行のきものを着ていること、髪がきれいに結い上げられていること、そして渡来品の玩具で遊んでいること――などから、この娘がいいところのお嬢さんであることが推察されます。
この作品(当時は商品でしたが)、次回放送で完成を見そうです。いよいよ“美人大首絵の喜多川歌麿”の誕生です!
【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第41回「歌麿筆美人大首絵」のあらすじ】
蔦重(横浜流星さん)が、処分を受けた須原屋(里見浩太朗さん)を訪ねると、須原屋は二代目に店を譲り引退すると言う。そして蔦重は、歌麿(染谷将太さん)と「婦人相学十躰」の売り出し方を思案する。そんななか、つよ(高岡早紀さん)の身体に異変が起きる。
 
一方、城中では家斉(城桧吏さん)の嫡男・竹千代が誕生。定信(井上祐貴さん)は、祝いの場で突然、将軍補佐と奥勤め、勝手掛の辞職を願い出る。家斉や治済(生田斗真さん)は動揺するが…。
※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第40回「尽きせぬは欲の泉」のNHK ONE配信期間は2025年10日26日(日)午後8:44までです。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 河西真紀
- 参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 完結編』(NHK出版)/ 『教えてコバチュウ先生! 浮世絵超入門』(小学館)/『デジタル大辞泉』(小学館)/『浮世絵の歴史 美人絵・役者絵の世界』(講談社学術文庫)/『江戸の人気浮世絵師』(幻冬舎新書) :

















