懐かしい、そして今も驚くほど新しい「意匠の天才」小村雪岱の美の世界へ
大正から昭和初期に出版や舞台美術の世界で稀有なセンスを発揮した小村雪岱。「30年以上前に初めて見てからずっと大ファン」という美術史家の山下裕二さんが、今見ても驚くほどカッコいい雪岱芸術の魅力を語ります。
【今月のオススメ】小村雪岱 《おせん》
昭和8(1933)年9月〜12月に朝日新聞に連載された邦枝完二の小説『おせん』は、雪岱の挿絵も注目を集め、部数を2万部も伸ばした。この作品は挿絵から展開した雪岱の肉筆画を没後に木版画化したもの。当時の人々がいかに雪岱作品を愛し、評価していたかがわかる。「雪岱との出会いは、1980年代後半のこと。神田神保町の古書店で偶然手にした図録の表紙がこの作品で、一瞬で心奪われ、以来大ファンに」(山下さん)
どうです、カッコいいでしょう。傘をさす人だかりを俯瞰する大胆な構図。モノクロームの均質な線描。画面中央少し左側ではふたりの人物が向かい合ってもめていて、右下にはそこからそっと立ち去る女性の顔が。その 頭巾や、傘先に差した墨ベタのバランスも、ここしかない、という完璧さです。この絵は昭和8(1933)年、朝日新聞の連載小説『おせん』の一場面。100年近くも前の作品とは思えないモダンなデザインです。
小村雪岱は、大正から昭和初期にかけて活躍した画家です。27歳のときに、泉鏡花に書き下ろし小説『日本橋』の装幀を依頼され、これが大きな反響を呼んだことをきっかけに、売れっ子装幀家に。その後、新聞小説や雑誌の挿絵、舞台や映画の美術・時代考証まで、今でいうグラフィックデザイナーやアートディレクターのような仕事で非凡な才能を発揮しました。16歳で画家を志し、日本画家の画塾に入門。東京美術学校(現・東京藝術大学)で指導を受け、歴史ある美術雑誌『國華』で古画の模写に従事していた、という、ガチガチのアカデミックな世界にいた人でありながら、画壇とは距離をおき、その類いまれな画力とセンスを商業美術的なものに惜しみなく注ぎました。一時期、資生堂の意匠部にも在籍していて、皆さんもよくご存じの「資生堂書体」と呼ばれるあの縦長の文字の原案をデザインしたのも雪岱なんですよ。
教科書的な美術史が無視してきた商業美術家たち。その「逆襲」を、私は応援してきました。この展覧会で雪岱ファンがさらに増えますように!(談)
<information>密やかな美 小村雪岱のすべて
装幀、挿絵、舞台美術の仕事のほか、晩年まで描き続けた日本画も含め、およそ600点の作品が集結する、大阪では初となる大規模な雪岱展。その後、千葉市美術館ほかへ巡回。
会期/2025年12月27日(土)〜2026年3月1日(日)
会場/あべのハルカス美術館
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- EDIT :
- 剣持亜弥、喜多容子(Precious)
- 取材・文 :
- 剣持亜弥

















