【Precious WATCH AWARD 2025】創設8年目、継続が生んだ文化が未来へと息づく——審査員長・並木浩一さんと辿る、時の記憶と未来の輪郭

創設から8年目を迎える「Precious WATCH AWARD」。その目的は、時計を“モノ”ではなく“文化”として捉え、社会に開かれた評価軸を築くこと。創設当初から審査員を務める並木浩一さんの言葉を手がかりに、その歩みを振り返ります。 

Precious WATCH AWARD、その歩みと意義 

2019年1月号表紙
2019年1月号から本アワードの挑戦が始まりました!(C)生田昌士(hannah)

創設から8年。「Precious WATCH AWARD」 は、時計界を代表する文化的イベントとして成熟を遂げています。レディス部門は「Precious」2019年1月号、メンズ部門は「MEN’S Precious」2018年冬号(共に’18年12月初旬発売)で創設され、いずれの誌面にも審査員として並木浩一さんが名を連ねています。女性誌と男性誌、ふたつの世界から始まったこのアワードは、時計をモノとしてではなく、「時間と生きる文化」として捉える挑戦でした。

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(C)戸田嘉昭(パイルドライバー)

「正直なところ、最初は “女性誌が時計のアワードを?” と驚きました。でも、直感的に思ったんです。これは新しい文化が生まれるかもしれないと。時計専門誌には見いだせない視点がある── そう確信しました」  

業界内部で完結しがちな評価軸から離れ、社会に開かれた場所で時計を語る。「それが、僕にとっていちばん新鮮でした」と並木さんは振り返ります。時計をファッションやジュエリーと同じように、生活文化の一部として読む。女性誌がその視点を提示したことは、これまでにない試みだったといいます。

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時計を “文化” として見つめる視点から誕生した、「Precious WATCH AWARD」の原点。珠玉のタイムピースたちが誌面を彩り、時計文化の新章がここから確かに動きだした。

「時計専門誌のアワードは、確かに純度の高い世界です。そこには職人技や哲学への深い敬意が息づいている。でも、だからこそ、社会との接点が見えにくくなることもある。Preciousは、いわゆるファッションメゾンとして知られるブランドの時計も、伝統あるマニュファクチュールの時計も、多様な価値観をもつ審査員の視点で照らし合わせ、新しい評価軸を生み出したのです」   

異なるジャンルを越境する編集的な視点が、このアワードの発想の根底にあります。歴史あるブランドの機構美も、感性を映すメゾンのデザインも、今や同じ “文化” の文脈で語られる。その多様性を束ねるのが、このアワードの本質なのです。 

8年という年月を、並木さんは「数字そのものが象徴的」と表現します。
「“8”は2の3乗。2年が経てば前年を振り返り、4年目で節目が生まれ、8年を迎えると初期と現在を俯瞰できる。時間の積み重ねは、文化を形づくる構造そのものです」 

アワードは節目を重ねながら厚みを帯びてきました。毎年、授賞式を開催しており、受賞ブランドの経営者や広報担当者を招いた、交流の場としても機能しています。形式的な表彰ではなく、語り合い、学び合う「場」を育ててきた8年でした。

「授賞式って、ただのセレモニーではありません。そこではブランドの垣根を越えて、みんなが時計の話をする。互いの努力を称え合いながら、“同じ文化をつくっている”という一体感が生まれる。僕はそれを見ていて本当にうれしくなるんですよ」

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受賞ブランド関係者を招いて授賞式イベントも開催! 毎年恒例の授賞式。受賞ブランド関係者が文化を共有する場。

海外に目を向ければ、ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)など国際的なアワードが存在します。しかし、それらは自国の産業を背負う性格が強く、「Precious WATCH AWARD」はそれとは異なる立ち位置を確立しました。「日本は、自国ブランドの立場に縛られずに時計界を公平に見渡せる。女性誌が主導していることも大きいですね。時計を “生活文化” として見つめることができるのは、女性誌ならではの視座だと断言できます」 

こうした「公平で文化的な眼差し」が、このアワードの独自性を形づくっています。審査という営みもまた、単なる点数付けではありません。少人数の審査員が個性と思想を持ち寄り、互いの意見を尊重しながら結論を導く── その過程自体が文化の対話です。「投票は、好みを示す行為ではなく、自分の考えや感覚を言語化することです。意見を丸めることよりも、意見の強度を保つことに意味がある」と並木さんは言います。

「採点を通して、審査員自身も学んでいるんです。時計を “評価する” のではなく、“理解しようとする” 姿勢がこのアワードの本質です」 

実際、このアワードは “時計を語る新しい言葉” を生み出す場でもありました。「ファッションもコスメも好き。でも時計も好き」── そんな声が、読者のなかに自然に芽生えていったのです。女性が自らの言葉で時計を選び、語る時代。その空気を育んできたことこそ、この8年間の最大の成果だといえるでしょう。 

2019年からは、アワードの広がりとして「時の人」賞が加わりました。その年、最も輝いた “時” を生きた人物に贈られるこの賞は、毎年の受賞時計と共に発表され、誌面と授賞式を彩ってきました。「時計だけでなく、“時を生きる人” を讃える。そこにこのアワードの哲学がある」と並木さん。今年の受賞者は、まだ明かされていませんが、読者の期待と共に、この賞が象徴する「時の価値」は年々高まっています。

「続けることには、特別な意味がある」と並木さんは締めくくります。「アワードは、賞を与えることそのものよりも、“あり続けること”に価値がある。回を重ねるほどに儀式性が増し、文化として定着していく。その積み重ねの上に、私たちの時代の価値観が刻まれていくのです」 

その言葉に重なるように、誌面をめくるたびに感じるのは、編集部・審査員・ブランド、読者までもが結ばれていること。「Precious WATCH AWARD」は、単なる表彰ではなく、“文化の記録”として次の時代へと続いていきます。   

時計を巡る人々の情熱、語られる言葉、共有される時間―すべてが、未来を照らす光となる。積み重ねる “時” にこそ、文化は宿るのです。

誌面や授賞式を華やかに飾った錚々たる「時の人」が話題に!

2025 ???(今年の「時の人」は記事末に紹介記事あり)
2024 板谷由夏さん 井浦 新さん
2023 井川 遥さん
2022 冨永 愛さん 伊原剛志さん
2021 米倉涼子さん
2020 鈴木保奈美さん
2019 杏さん

Precious WATCH AWARD、12部門の解説

本アワードは、全12部門で構成されています。各部門は、時計の魅力を異なる視点から評価することで伝統・革新・美意識といった多様な価値を映し出す。ここでは、各部門が担う意義と特徴を紹介します。

時計という文化の豊かさは、機構や装飾の差異を超えて、時代の価値観や社会の空気を映し取っています。「Precious WATCH AWARD」の12部門もまた、“時と美” の多様な側面を語り、時計界の現在を立体的に描き出します。

名品ウォッチ部門は、もう説明がいらないほど定着しましたね。本誌が掲げる “名品” という言葉には、責任と使命感があります。軽やかに選ぶのではなく、本当に価値のあるものだけを見極めてきた。その精神が宿るこの部門には、揺るぎのない評価軸が必要。ある種の権威を纏った時計でなければエントリーも難しい。腕時計は消費財ではなく、時間と共に価値を深めていくものです」  

ブランドを象徴する “顔” を語るアイコンウォッチ部門を、並木さんは「“進化する価値” を映す」と語る。「クラシックを守るだけでなく、どう革新していくか。そこにブランドの思想が表れる。再解釈は、文化として成熟の段階に入っています」   

デイリーラグジュアリーウォッチ部門では、“日常に寄り添う贅沢” が鍵となる。「今の腕時計は “消費されざる存在” になっている。値上がりは需要ではなく文化的価値の表れ。時計は “時間を留める資産” として残る存在です」と並木さん。   

「美の表現は、より大胆に、自由に広がり個性は研ぎ澄まされ、時代を映す光となる」

職人技に焦点を当てるクラフツマンシップ部門には、時計製造技術の粋が集う。そして「メティエ・ダール(=芸術的な手仕事)」という言葉を耳にする機会が増えた今、装飾や仕上げ、素材選定までがブランドの美学へと昇華しています。「素材、仕上げ、装飾。その一つひとつに職人の魂が込められている。例えば、エナメルは紀元前から続く“時間の芸術”そのものなのです」 

ダイヤモンドウォッチ部門は “大きさ” を競うものではありません」と並木さんは続ける。「いかに光を構成し、美しく見せるかが勝負。ダイヤモンドは装飾ではなく、手元に光の劇場を創出するようなもの。デザインの表現領域も広がり、ラグジュアリーが日常へ開かれつつある」 

ハイジュエリーウォッチ部門は、日常を超えた存在。価格や希少性では測れない “仰ぎ見る存在” であるべきです。人は届かないものに夢を見ます」と並木さんは言葉を選ぶ。「モデルがその時計を纏うと “こんな世界があっていい” という価値観の許可が生まれる。現実を照らす幻想── それがこの部門の意義です」   

性別の枠を超えて “美の自由” を示すジェンダーレスウォッチ部門。デザインに性差はなく、個の美意識が選択に反映される時代。「42mm径の時計を女性がつけても、小径モデルを男性が選んでも、そこにあるのは “自由と美意識” だけ。これは流行ではなく、文化の成熟」と語る。  

ペアウォッチ部門は “お揃い” ではなく価値観の共有を象徴する。  
「同じデザインでサイズを変えることは、美の普遍性の証。愛情や絆を確認するためではなく、同じ美意識を纏うための時計選びなのです」 

強さとしなやかさを兼ね備えたラグジュアリースポーツウォッチ部門。「男性にとっては力強さのシンボル。女性にとっては “丈夫で上品” という新しい贅沢。現代は、機能性とエレガンスが共鳴する時代なのです」

トゥールビヨンウォッチ部門は、クオーツでは再現できない唯一の機構を愛でる部門。だからこそ機械式時計の本質を語る存在」と並木さん。「この構造は、精度を高めるために生まれたものですが、その探究心こそが時計文化の美を支えています。人間の限界を追求するストイックな美に、私たちはロマンを感じます」

「時計は、時間と共に価値を深めていく。いわば時を超えて文化を刻む “人の記憶”」

クロノグラフウォッチ部門は “測らない時間” の文化。使わなくても、いつでも測れる準備がある。その構えが美しい。停止中のクロノグラフは、眠れる獅子のように力を秘めている。過剰性能のなかにひそむ静かな緊張── そんな魅力があります」 

ハイコンプリケーションウォッチ部門は、小宇宙と呼ぶべき領域。直径50mm以内の制約のなかで、いかに複雑で美しくできるか── そこには、人の叡智と情熱が結晶している。
「この部門も、“仰ぎ見る存在” として文化の頂点にある。腕時計の可能性は、尽きることがありません」  

12部門を俯瞰すると、時計の世界は今、“多様性”の奥で “個性の先鋭化” が進んでいる。「美の表現がより大胆に、個性がより明確になっている」と並木さんは総括します。
「社会が不安定でも “こんな時代だからこそ時計を買う” という人が増えている。時計は時間を残す文化であり、人生を記録する芸術。その姿勢が、未来を照らす希望なんです」

 

時間の美を巡る、12の領域

1 揺るがぬ価値を映す、普遍の象徴「名品ウォッチ部門」
2 ブランドの精神が宿る、永遠の顔「アイコンウォッチ部門」
3 日常に宿る、洗練と上質の美意識「デイリーラグジュアリーウォッチ部門」
4 手仕事が紡ぐ、技と詩の共鳴「クラフツマンシップ部門 」※レディスのみ
5 煌めきを操る、優雅なる造形「ダイヤモンドウォッチ部門」 ※レディスのみ
6 憧れを纏い、夢を映す頂点「ハイジュエリーウォッチ部門 」※レディスのみ
7 境界を越えて響く、美の自由「ジェンダーレスウォッチ部門 」※レディスのみ
8 時を分かち合う、ふたりの美意識「ペアウォッチ部門 」※レディスのみ
9 強さに漂う、気高さと余裕「ラグジュアリースポーツウォッチ部門」
10 機構が語る、精度と美の哲学「トゥールビヨンウォッチ部門 」※メンズのみ
11 瞬間を刻む、静謐なる力「クロノグラフウォッチ部門 」※メンズのみ11
12 小宇宙に宿る、叡智の結晶「ハイコンプリケーションウォッチ部門」

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EDIT&WRITING :
安部 毅、安村 徹(Precious)