【目次】
【「朔太郎忌」とは?「意味」「由来」「いつ」「なぜ」を簡潔に解説】
■5月11日は「朔太郎忌」
1942(昭和17)年5月11日は、詩人・萩原朔太郎(はぎわら さくたろう)の命日です。生誕の地・前橋では、例年、命日に合わせて「朔太郎忌」が開催され、講演やリーディングシアターなどの催しが行われています。
朔太郎は新緑の美しい5月の風景を好んで題材にしましたが、光と緑の輝きのなかに孤独感や繊細な感受性を表現。5月11日は命日というだけでなく、彼を偲ぶのに適した季節でもあるのです。
【「萩原朔太郎」とは?生涯と代表作をわかりやすく紹介】
■裕福な家庭で溺愛されたが…
1886(明治19)年、群馬県前橋市の裕福な医師の家庭に誕生。両親や祖父母から溺愛されて育ったものの、神経質な性格と病弱であったためか学校にはなじめず、中学・高校・大学と落第と退学を繰り返しました。そんな生活の中で中学時代から『文庫』や『明星』といった文芸雑誌に短歌を投稿。また、音楽家を目指してマンドリンの演奏にも熱中するなど、芸術には造詣が深かったようです。しかし、こうした文学や音楽への傾倒は彼の孤独感を増長させました。
■詩壇デビュー
1913(大正2)年、27歳で北原白秋が主宰する雑誌『朱欒(ザンボア)』に詩を発表。その際に同誌に掲載されていた室生犀星(むろうさいせい)の作品に感銘を受け、生涯続く犀星との交流が始まります。翌1914年、室生犀星が前橋を訪れ、朔太郎、犀星、山村暮鳥の3人で、詩・宗教・音楽の研究を目的とする「人魚詩社」を設立しました。同人誌の発行や作品の検討を行う親密なこのサークルで、朔太郎はその才能を急速に開花させたと言われています。
1917(大正6)年には代表作のひとつである詩集『月に吠える』を刊行。自身の孤独感を自然風景などに投影して象徴的に表現しました。
■「口語自由詩」を完成させる
口語でつくられる形式が自由な詩を「口語自由詩」といいます。1907(明治40)年の川路柳虹(かわじりゅうこう)の作品「塵溜(はきだめ)」が最初の実作といわれていますが、大正期には、白樺派や民衆詩派の詩人や朔太郎らにより、「口語自由詩」は近代詩として成熟・完成。朔太郎は日本近代詩の旗手として、詩壇で高く評価されました。
■私生活では波乱続き
詩人としての成功とは裏腹に、実生活では不遇が続きます。33歳で結婚するも、実家の家族との軋轢の末に結婚生活は破綻し、そして離婚。52歳で再婚しますが、この結婚も1年で破局に。「わが感情は飢えて叫び わが生活は荒寥たる山野に住めり」(新年)と詠んでいた憂鬱や寂寥感は、実生活そのものでした。
■晩年は評論活動や指導も
評論活動を中心に行った50代では、詩論や評論集などを発表。また、明治大学の講師を務めたり、講演や座談会などにも積極的に参加、詩壇における指導的な役割を果たしました。
■萩原朔太郎の代表作3選
「竹」(詩集『月に吠える』より)
光る地面に竹が生え、青竹が生え、地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみーー
生命が地中から一気に噴き上がるようなイメージと、不穏さを含んだ独特のリズム感が印象的な作品です。「竹、竹、竹が生え」という反復表現でも知られています。
「青猫」(詩集『青猫』より)
この美しい都会を愛するのはよいことだ
この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ
都会への憧れや孤独、近代都市への感受性を描いた代表作。朔太郎ならではの抒情性と、モダンな空気感が漂います。
「こころ」(『純情小曲集』より)
こころをばなにたとへん
こころはあぢさゐの花
繊細に揺れ動く感情を、紫陽花の色彩になぞらえて表現した有名な一節。やわらかな言葉の響きと寂しさが胸に残ります。
【「朔太郎」の詩の魅力とは?近代詩に残した影響】
大正・昭和という時代を色濃く写した朔太郎の作品が死後80年以上経っても色褪せないのは、現代活躍している文学者や音楽家にリスペクトされ、少なからず彼らの作品にも影響を与えているからでしょう。
■SNS世代の詩人・最果タヒ
若い世代を中心に支持を得ている詩人・小説家の最果(さいはて)タヒさん。紙の本や電子書籍にとどまらず、スマホの画面や美術館の壁、ホテルの客室など、さまざまな場所で作品を展開する活動が注目されている作家ですが、2024(令和6)年に「恋と誤解された夕焼け」で萩原朔太郎賞を受賞しました。
■パンク歌手から詩人へ…町田康
2001(平成13)年に「土間の四十八滝」で萩原朔太郎賞を受賞したのは、パンク歌手だった町田康さん。この作品で詩人として高く評価されたのをきっかけに、歌手・町田町蔵から作家・町田康へと転身しました。音楽的なリズム感や言葉の“破調”を重視した作風は、近代詩の開拓者である朔太郎から影響を受けていると言われています。
最後に、朔太郎の詩の特徴と魅力をさくっとご紹介しましょう。
■リズム感
単語やフレーズの繰り返しや韻を踏んだり、独特の間(ま)などで、心地よいリズムを生み出しました。
■言葉がもつ音の響き
音楽の愛好家であり奏者でもあった朔太郎には、言葉がもつ“音の響き”は作品の内容と同じくらい重要でした。
■感覚や感触を可視化
彼自身が長年感じていた孤独感や寂寥感、生きにくさなどを言語化。湧き上がる不安や説明のつかない不気味さ、自分の弱さや醜さ、病的なまでの神経質さを隠すことなく、むしろそれを芸術へと昇華させた点が共感を呼びました。
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「どんな真面目な仕事も、遊戯に熱中している時ほどには、人を真面目にし得ない」とは、朔太郎が残した言葉です(格言集『新しき欲情』より)。これは思い当たる人も多いのでは? 「朔太郎忌」をきっかけに、近代詩の世界にはまってみるのもいいかもしれませんね。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『プレミアムカラー国語便覧』(数研出版)/『デジタル大辞泉プラス』(小学館)/『世界大百科事典』(平凡社)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)/前橋文学館( https://www.maebashibungakukan.jp/ ) :

















