ビルが林立する都心の路地を入ったところに、ひっそりとたたずむ木造店舗がある。この、時代が止まっているかのような錯覚を覚える「九段下 寿司政」の暖簾を、何度も何度もくぐっていたのが山口瞳である。

時間が止まったような錯覚になる

山口 瞳が惚れた老舗高級寿司店「九段下 寿司政」

創業した文久元年を西暦にすると1861年になる。約150年の歴史が刻まれた店は、肩肘張らないで純粋に寿司が楽しめることも魅力だ。
創業した文久元年を西暦にすると1861年になる。約150年の歴史が刻まれた店は、肩肘張らないで純粋に寿司が楽しめることも魅力だ。

大正14年、長屋の一部の表に寿司屋台を出し、第二次大戦後に現在の店へ改築。以来何も変わらないという小体な店内は、白木のカウンターがすがすがしい。テーブルには、白木を維持するために表面を削って薄くなったものもある。これは、古くからの店を代々大切に守り続けてきたことの証といっていいだろう。

  • カウンター席に座ると、寿司をにぎる職人の手元までよく見える。写真のネタはあなご。かんぴょうとともに、職人の技がよくわかるネタで、山口瞳も好んでいた。
  • 磨きこんで薄くなった白木のテーブル席。こぢんまりとした店内は、まさに昭和のイメージ。

山口瞳が頻繁にここを訪れるようになったのは昭和48年ごろから。『行きつけの店』(新潮文庫 ※絶版)には、寿司はもちろん、3代目の主人を亡くした女将の頑張りにも惹かれていたことが記されている。

「山口先生は母のすすめるネタをよく注文され、味が変わらないことをいつもほめてくださいました。父を亡くして力を落としていた母は、山口先生に勇気づけられたからこそやってこられたのだと思います」と4代目・戸張太啓寿(とばり・たけじゅ)さんは語る。

山口瞳が決まって腰掛けたのが、カウンター奥の席。座ってみると、職人の仕事ぶりからテーブル席まで見渡せ、お燗やお茶を用意する女将に近い場所だとわかる。女将や店に対する深い愛情が、この席を選ばせたのではないだろうか。特に絶賛されているシンコは、夏の終わりに出てくるこはだの小さいもの。塩と酢で時間をかけてしめたこはだと違って、シンコは浅くしめられている。

素材を見極めた細やかな仕事ぶりが、山口瞳の心の琴線に触れたのだろう。店のつくりから味わいまでいっさい変わっていない「九段下 寿司政」。ここは、古きもののよさがわかる大人の隠れ家のような寿司屋である。

九段下 寿司政
東京都千代田区九段南1-4-4
アクセス/地下鉄「九段下」駅より徒歩1分。
TEL:03-3261-0621
営業時間:11時30分~14時、17時~23時 (土・日曜・祝日は~21時)
無休
http://www.sushimasa-t.com/
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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2009年春夏号、文士が愛した寿司屋と蕎麦屋より
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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小西康夫
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