なんども映画化されている「真珠夫人」は、大正時代に菊池 寛が書いた新聞小説だ。原作では象徴的な「女性物のプラチナ製の腕時計」が大きな役割を果たしている。のちに社会現象とまでいわれた東海テレビ制作の大ヒットドラマ版では、手練の脚本家がその時計を「男物のオメガの腕時計」とかえた。
「シーマスター」誕生70年の節目に初代モデルを復刻
1948年に登場したオメガの記念すべき初代「シーマスター」
戦後まもなくの時代に変更された設定で、めったに見かけない舶来の高級時計は、造船会社の跡取り息子である主人公の愛用品だ。ストーリー上も重要な小道具になる。2018年、限定版でリリースされる「シーマスター 1948 マスター クロノメーター」をみて、それを瞬時に思い出した。この時計には“オメガという特別な時計”の間違いないオーラが、70年の時を超えて宿っている。
1949年に出されたオメガ「シーマスター」の広告
第二次大戦後まもなく、オメガから洗練されたデザインで防水性能に優れた腕時計「シーマスター」シリーズの初代が誕生した。それは戦時中に連合国の信頼が篤く、とくに英国軍には11万個もの腕時計を供給したオメガの技術を、平時の一般向けに技術移転することでもあった。中立国スイスが誇るブランドの看板モデルは、復興する世界で名声をあげていく。
一方、敗戦国の日本では事情がことなる。オメガの時計を持ちものに選べる環境は、真の特権であった。1949年にはじまった円為替の固定相場ですら1ドル=360円。経済復活の端緒となった特需景気はさらにそのあとだ。憧れは本当に、夢にほかならなかった。それが今年、蘇ったのである。
「シーマスター 1948 マスター クロノメーター(リミテッドエディション)」スモールセコンドモデル
ケースバックのクリスタルには、アメリカ海軍にパトロール艇を納入していたクリス-クラフト社製の船影と、イギリス空軍のジェット戦闘機グロスター・ミーティアの機影をレーザー刻印した。交換用に付属するNATOストラップのカラーは、オリジナルの“アドミラルティ グレー”である。
「シーマスター 1948 マスター クロノメーター(リミテッドエディション)」セントラルセコンドモデル
中立国のブランドが戦勝国=連合軍兵士たちへの陽気なオマージュを意趣に込めた時計には、我々なりの想いもあるが、だからこそ買いたくもなる。デザインは初代そのままに、当代最高の精度を極め、磁気帯びしない最新“マスター クロノメーター”認定の腕時計は、過去を新しい体験にかえるものだ。スモールセコンドとセンター3針のいずれも、1948本の世界限定。数少ないその時計の1本は、99.9%の日本人が絶望的に手に入れられなかった品への憧憬を、代襲してかなえることができる品なのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト