暖簾をくぐると、花番と呼ばれる接客係の女性たちが、席の案内から注文、給仕とてきぱき対応してくれる。その心地よさに常連になった人も少なくない。飾り気がなく、掃除の行き届いた「並木 藪蕎麦」で、池波正太郎は鴨なんばん、山口瞳は冬は鴨ぬき(そばぬきの鴨なんばん)、冬以外は天ぬき(そばぬきの天ぷらそば)を肴に酒を飲むのがお気に入りだった。

つい立ち寄りたくなる東京の老舗「並木 藪蕎麦」の佇まい

入り口から蕎麦屋の究極の美学が匂い立つ

立ち寄ってみたくなる、昔ながらの店構え。暖簾をくぐれば、期待を裏切らない世界が待っている。
立ち寄ってみたくなる、昔ながらの店構え。暖簾をくぐれば、期待を裏切らない世界が待っている。

「最近はお客様のほうがよくご存じで、品書きにない鴨ぬきや天ぬきをあたりまえのように注文されます」と3代目となる堀田浩二さん。初代は明治の末に京橋で創業。それから間もなく大正2年に、雷門から通じる並木通りの現在地に店を構えた。

江戸っ子がざるそばを食べるとき、少ししかつゆにつけないのは、つゆがからかったからという説がある。東京一からいと言われる「並木藪蕎麦」のつゆをいただくと、それも納得がいく。しかし、それはただ塩分が強いだけではない。

まず、醬油と砂糖を合わせて甕で熟成し、かえしをつくる。そして、冷たいそばはかつお節、温かいそばはさば節のだしを加え、湯煎してつゆとなる。初代から連綿と受け継がれた伝統の味の裏には、手間ひまを惜しまない
店の姿勢が隠されている。そのためか、舌に残るのはまろやかな余韻だ。

  • 菊正宗の樽酒(¥700)はそばみそつき。蕎麦屋で飲む際に欠かせないそばみそは、「並木 藪蕎麦」の初代の発案だ。
  • 山口瞳の好物だった鴨ぬきは鴨なんばんと同じ値段(¥1,800)。そばの代わりにたっぷり加えられたねぎの甘みがまたいい。
  • 常連客が好んで座る入れ込み。ついくつろいでしまうが、蕎麦屋に長居は禁物だ。

「並木 藪蕎麦」では、文士が好んだ辛口の菊正宗をさらに引き立てる蕎麦がいただける。この店に来ると、ビール好きでもビールを飲む気にはならないだろう。店の様子といい味といい、「並木 藪蕎麦」はまさしく江戸前の真髄。いや、蕎麦屋の美学を今に残す、国宝のような店と言っても過言ではないだろう。

並木 藪蕎麦
東京都台東区雷門2-11-9
TEL:03-3841-1340
営業時間:11時30分~19時30分 無休
アクセス/地下鉄「浅草」駅より徒歩2分。
ざるそば・もりそば各¥700、天ぷらそば(天ぬき)¥1,400。※価格は税抜きです。

※2009年春夏号取材時の情報です。

この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2009年春夏号、文士が愛した寿司屋と蕎麦屋より
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
Faceboook へのリンク
Twitter へのリンク
PHOTO :
小西康夫