準備を重ねた内覧会も無事終わり、関係者
は残って乾杯した。
 「大成功です、この人の力です」
 先方に名指しでグラスを上げられ、拍手が
おきた女子社員Sの目に光るものがある。最
大クライアントが彼女に目をつけ、熱心に説
明を聞いていたのは皆が注目していた。
 Sは入社して二年目。この仕事でデビュー
させようと全権をまかせたが、張り切りすぎ
てノイローゼになっているとき呼んだ。
 「いいか、この三つだ。それだけは見てい
ろ。当日迷うことがおきたら俺に声をかけろ」
持ち直した彼女は行動をおこした。
 その場が片づくとSからぜひお礼を言いた
いと誘われ、このバーに来た。まだ興奮気味
の彼女には、すこし気持ちを醒まし、がぶ飲
みしても大丈夫なこれがよいだろう。
 「こちらにジンバック、俺はウイスキー」
 お疲れのグラスを上げた彼女は一気に飲ん
で律義に椅子から降り「先輩のおかげです
……」と丁重に頭を下げ、俺は「まあまあ」
と和らげ、バーテンダーがにっこりした。
 それから彼女は熱心に語った。工夫したと
ころ、むずかしかったところ、学生時代のこ
と。どんどんお代わりし、あげくの果てに「先
輩に憧れてました」まで飛び出した。
 「もう一軒いきたい」をなだめてタクシー
に乗せ、腰が抜けた彼女をマンション玄関に
放り込み、「明日は休んでいいぞ」と言った
が聞こえていたか。
 案の定、翌日は休み、翌々日、颯爽と出社
して俺の席に来た。
 「先日はありがとうございました」
 家まで送ってやったのは覚えていないらし
い。ま、いいか。一皮むけたか。

ジンバック Gin Buck

ジンにレモンジュースとジンジャエールを加えてつくる爽快なカクテル。ジンジャエールは飲みやすい定番から辛口まで、さまざまなタイプがあるが今宵は定番のもので、ライムの飾りも映えるクリアな仕上がりに。実は、ベースのジンは冷凍したものに常温のジンを加えることで仄かに香りを立たせている。「おいしい」。思わずそう呟いてしまうカクテルには、そんなひと手間が隠されているのだ。バーテンダー/ BAR GOYA 山﨑 剛

この記事の執筆者
1946年生まれ。グラフィックデザイナー/作家。著書『日本のバーをゆく』『銀座の酒場を歩く』『みんな酒場で大きくなった』『居酒屋百名山』など多数。最新刊『酒と人生の一人作法』(亜紀書房)
PHOTO :
西山輝彦
EDIT :
堀 けいこ