以前Amazon Primeオリジナル作品の『ボッシュ』について書いたとき、ぼくのロサンゼルスへの偏愛的なものを少々開陳した。 仕事とはいえ、長年一人で通いつめると、あんなとりとめのない街でも情のようなものが湧いてくるのですな。
すこし前に試写で観た『アンダー・ザ・シルバーレイク』の監督&脚本のデヴィッド・ロバート・ミッチェルは、クレイジーといっていいほどのLAマニアで、この映画の主人公は誰でもないLAの街とその摩訶不思議なカルチャーなのだ。
新感覚ネオノワール・サスペンス映画
アンダー・ザ・シルバーレイク
さて、ぼくの一番のお気に入りは、ヴェニス(日本人は「ヴェニスビーチ」と呼ぶが、正しくは「ヴェニス」だ)だ。日がなダラダラとカフェでコーヒーを飲んでいても誰も文句をいわない、買い物にもドライブにもいかず、ひたすらボーっとしていてもみんなそうだから違和感をまるで感じない、このスケボーと海とアートの街も、いまやIT企業の会社が進出し、その金を目当てにスノッブなレストランが追いかけてきたりして、つまらなくなってしまった(ちなみにLAのヒップなエリアがつまらなくなっていくのはすべてこのパターン)。
このヴェニスに代わり、ここ十年ぐらい、感覚のいい連中を集まって、賑わっているのが作品のタイトルにもなっているシルバーレイクだ。ハリウッドの東側、ダウンタウンの北西部に位置するこの内陸エリアは、ヴェニスやサンタモニカのような観光臭がなく、俳優のタマゴ、ミュージシャン(志望)や、アート好き、意識高いんだけど説教がましくない、ハッピーでクレージーな「趣味人の街」。住人がそんな連中だから、物販も飲食もアーティスティックでクセがある。なんだかオモシロそうな出会いがころがってそうだ。長い休みがとれたら、ぼくだって安めのAIRBNBで長逗留してみたいと思うよ。
この映画の主人公のサム(アンドリュー・ガーフィールド)もそんなシルバーレイクに流れ着いたオタク青年だ。金も仕事もなく、さりとて、自分のやりたいことがわかっているわけでもない。毎日続く無気力生活(そういう若いのがLAは実に多いね。でも気候がいいから、なんとなく生き延びれちゃうんだな。三食一番安くて量のある食べ物のシリアルなんていう豪傑だって、ぼくは知ってる)。
そこに現れたのが同じアパートの住人で、お約束の「謎の美女」サラ(ライリー・キーオ)だ。けっこういい雰囲気になるふたりだが、翌日サラの家を訪ねると、家はもぬけのカラ。
テレビでは「LAの顔」とよばれる映画プロデューサー、大富豪のセヴンスの失踪事件で騒々しく、街中では夜中に犬殺しが出没する。
おりしも立ち寄った書店(ここがファンキーでいかにもシルバーレイクらしい個性的な本屋なのだ)でサムが出会うのが、オカルト系雑誌の「呪われた街シルバーレイク」の記事なのだ。サムはヒマで持て余し気味のオタクですからね、頭のなかでサラ失踪、セヴンス失踪、犬殺しの三つが結びつく。なにしろ街自体が呪われているのだから。
映画はこのあたりから、サムのオタク探偵団的展開を見せる。失踪したセヴァスは遺体でみつかり、その映像には見覚えのあるサラの帽子も映し出されていたりしたものだから、タイヘンだ!
事件究明のヒントとしてサムが見つけるのは、雑誌プレイボーイのバックナンバーや、シリアルの箱であったり、ゴシックロックの歌の歌詞だったりする。そのなかにシルバーレイクの闇にうごめくオカルト集団の正体や居所をつきとめるための暗号が隠されているということなんですな。
映画は、奇想天外な結末が待っているが、この作品はそういう「物語の面白さ」で観る映画じゃない。取るに足らないようなディテールも想像力で遊ぶと面白いぜという監督デヴィッド・ロバート・ミッチェルの呼びかけにどれだけこちらが応えられるか。そのナゾときとやりとりを楽しむ映画なんだな。
そういうところはデビッド・リンチ監督の『ツイン・ピークス』にも似ている。シルバーレイクという街はそんな監督とぼくたちのゲームの場所であり、登場人物はコマと見立てればいいわけさ。
アンダー・ザ・シルバーレイク
【監督】デヴィッド・ロバート・ミッチェル
【キャスト】アンドリュー・ガーフィールド/ライリー・キーオ
【脚本】デヴィッド・ロバート・ミッチェル
【劇場公開情報】10月13日(土)新宿バルト9他 全国順次ロードショー