カウンター端に座る男女の表情は硬い。 き
ちんとした身なりの誠実そうな男は、 時おり
相手の顔をそっと見るが、 女は真っすぐに下
を向いたままだ。
恋か不倫の清算だろうか。ながい沈黙の後、
男は耳もとで囁いて立ち上がり、出口でバー
テンダーに、 残りは渡してくれと多めらしき
を渡して帰った。
あまり見てはいけないが気にはなる。
バーテンダーは彼女の前に戻ってカウンター
を拭き、 何かお作りしましょうかという雰囲
気をつくり、 一言にうなずいて支度を始めた。
カシャ、カシャ、カシャ……
ゆっくりしたシェイクは、 どこか彼女に考
える時間を与えているようだ。 そうして差し
出したカクテルグラスは、 純白にほんのり肌
色を感じる。
しばらく見ていた彼女は、心を定めるよう
に味わい、 終えると静かに立ち上がった。そ
こで目が合い狼狽したが、 やや濡れたかのよ
うな瞳に、俺は「元気出せ、 男なんていっぱ
いいるぞ」の気持ちを視線に込め、 ほんの一
センチほど会釈すると、 何かを受けとったよ
うでもあった。
出口から「お代は済んでおります」に続き、
「 このコースターいただいてよろしいかしら」
「はいどうぞ、 今お包みします」と聞こえて
帰った。
俺は自分のグラスを眺めた。あれだけの美
人だ。 今日のコースターをぽいと捨てる日が
きっと来るだろう。 それでいい。
バーテンダーと二人になって尋ねると、 何
かもう一杯と言われて作ったカクテルは「ハ
ニーサックル」 と言う。
ホワイトラムにレモンジュース、そこにほ
んの少し蜂蜜を足す。 カクテル名は花の名で、
日本語は「忍冬=すいかずら」。「 吸い葛」
とも書くのは花の甘い蜜を口で吸うからだ。
忍冬、今の彼女は冬を忍ぶ時だが、やがて
春が来るだろう。 ハニーサックルの花言葉は
「愛の絆」だった。
ハニーサックル Honysuckle
ホワイトラムをベースにレモンジュースとハチミツを合わせたカクテル。カクテルの由来にもなっているハニーサックルは、初夏に赤や白、オレンジ色の甘い香りがする花を咲かせ、古くからアロマとして親しまれている。花の蜜を吸った時のように、ほんのり甘く感じるのがこのカクテルの特徴だ。
- TEXT :
- 太田和彦 作家
- PHOTO :
- 小倉雄一郎