足をガチガチに固めて太いタイヤを履かせ、限界ぎりぎりまで粘る……。日本のスポーツカーはどれも多かれ少なかれ、そうした雰囲気があった。ハイテクで固めた第二世代のホンダ・NSXですら、そんな傾向が感じられたのである。ところが、改良を施した2019年モデルはキャラクターを一新。誰もがどんな状況でも一体感を楽しむことができる、プレミアムな仕上がりとなっている。
スーパースポーツカーたるもの、速いだけではだめ!
2016年8月に登場した、2代目NSX。そのときの試乗会は神戸を中心に六甲山のワインディングを走り回るという内容だった。異次元の速さで加速し、タイヤのグリップを最大限に生かして美しくコーナーを駆け抜ける様を、今でもよく覚えている。一方で、「タイヤのグリップがなくなったら、あとは知らないよ」という荒さも……。そのせいか、コクピットに身を置いているときは、常に「速く走れ、走れ!」という気持ちでいっぱいだった。F1を始めとするホンダのブランドイメージの延長線にある、少々乱暴な言い方をすればタイプRのような、オイル臭いモデルと同類に入れてもいいと思ったほど、その速さだけが目立っていた。
しかし、2,000万円を超える世界のスーパースポーツカーを見れば、まっとうな操縦性を持つのは当然として、見た目の存在感もインテリアの上質感も、すべての点で非日常的なレベルにある。速さだけではだめなのだ。
そして2年あまりが経ち、今度は箱根で改良版たる2019年モデルを試すこととなった。NSXはアメリカ・オハイオ州の専用工場で生産され、開発責任者もこれまではアメリカ人が務めていた。それが2019年モデルでは日本人の水上聡氏が統括責任者となり(開発時はダイナミック性能を担当)、拠点も日本。「ドライバーとクルマの一体感をさらに向上させる」ことを目指したというから、期待感は高まる。
ナイフでバターの表面をなぞるような感触
さっそくテストカーに向かう。待っていたのは今回のモデルチェンジで新たに加わった、サーマルオレンジ・パースを纏った1台。特徴的なバータイプのドアノブを引き、乗り込み、適度にタイトなバケットシートに身を沈める。ここまでは前回と大きく変わった印象はない。
ところがエンジンをスタートさせ、走り出すと状況は一変。従来の、タイヤのグリップとパワーに頼った力任せの走りは影を潜め、どんな局面でもシームレスでスムーズなフィーリングだ。機械任せではなく、自分でコントロールしている感触がリニアに伝わってくる。もちろん3.5リッターV型6気筒ツインターボエンジンと3モーターハイブリッドシステムとの組み合わせは、システムとしての最高出力581馬力、最大トルク550N・mと実にパワフル。驚くほどの速さをあらゆる場面で見せるのだが、乗せられている感覚はずいぶん薄まった。
豊かなパワーはそのままに、ドライバビリティをより自然にしたという改良の狙いがはっきりと分かる。シャシーのセッティングが変わり、タイヤもコンチネンタル・スポーツコンタクト6というハイグリップタイプとなり、さらに前後のスタビライザーを引き締めて、この味付けを実現したわけだ。荒削りだった走りはとても上品になり、速く走らなくても楽しめる味になっている。
実はスーパースポーツカーにとって重要なのは、絶対的な速さだけではない。これまでの経験値に基づけば、「優れたスポーツカーほど低速が上品」。路面との接地感やアクセル操作のフィーリングを変更することで、市街地でもワインディングでも高速道路でも上品に走る。だから、ポルシェもフェラーリもベントレーもアストンマーティンも、名だたるプレミアムスポーツは総じて「ゆっくりが気持ちいい」のである。
箱根のワインディングはうねりのあるコーナーが連続しているが、そこでもNSXは、まるで暖めたナイフでバターの表面をなぞるような、気持ちのいい感触できれいに、そして相当な速さでトレースしていく。しかも、NSXにはしなやかな乗り味を維持しながら、モーターとの共同作業で走る「クワイエット・モード」が選べるので、町中では紳士然としていられるのもうれしい。これぞ本物のプレミアム! 高度なエンジニアリングを駆使して誕生したNSXは、理想に燃える匠の下で、正真正銘の「自動車界のセレブリティ」へと生まれ変わったのである。
〈ホンダ・NSX〉
全長×全幅×全高:4490×1940×1215㎜
車両重量:1780kg
排気量:3492cc
エンジン:V型6気筒DOHC
最高出力:507PS/6500~7500rpm
最大トルク:550Nm/2000~6000rpm
モーター出力:前37PS(一基あたり)、後48PS
駆動方式:4WD
トランスミッション:9DCT
価格:¥21,944,445(税抜)
問い合わせ先
- ホンダ TEL:0120-112-010
- TEXT :
- 佐藤篤司 自動車ライター