映画のおかげで、アストンマーティンの名はカーマニア以外にも知れ渡っている。その歴史は必ずしも順風満帆とはいかなかった。昨今、日本でも少しずつ認知が広がっているが、舵取りをしているのが日産自動車出身のパーマーCEOだ。英国きってのスポーツカーブランドの現在、そして未来を、ライフスタイルジャーナリストの小川フミオ氏がインタビューした。
日産の元ナンバー2がアストンマーティンを飛躍させる




100年以上の歴史を持つ英国のスポーツカーメーカーのパーマーCEOが先頃来日した。
ドクター・アンディ・パーマーは、エンジニアリングのバックグラウンドを持つ英国人だ。日産自動車時代は副社長兼チーフプラニングオフィサーまで務めている。
2014年にアストンマーティン・ラゴンダに移籍し、「100年以上の歴史のなかで黒字になったことが4年しかない」(ドクター・パーマー)という同社の経営建て直しに着手してきた。
アストンマーティンは1913年に英国で、ロバート・バムフォードとライオネル・マーティンが作ったスポーツカーがスタートだ。1920年代にヒルクライムレースで頭角を現し、1959年はルマン24時間レースで優勝するなどして評価は確固たるものとなった。
いまさら書くまでもないけれど、ジェイムズ・ボンドの映画をはじめ、60年代は英国を代表するスポーツカーになった。サブカルチャーの波に乗って台頭した若い世代の成功者たちも、ザ・ビートルズの面々に見られるようにアストンマーティンに乗った。
そういえば、1970年のベストセラー小説「Love Story」でも、白血病になる貧しいクラスメートと恋におちる富裕階級の青年の父親はアストンマーティンに乗っているという設定だった。映画ではレイ・ミランド演じる父親はジャガーに乗っていたが。
しかしアストンマーティンの経営は順風満帆とはいかなかった。プロダクトの生産コストや品質管理の問題もあったし、ラインナップにおける位置づけと実際の性能が錯綜していたりした(上級モデルより性能が高い下位モデルもあった)。
そこに登場したのがドクター・パーマーである。プロダクトの面からみると、とりわけ2017年以降のアストンマーティン・ラゴンダの動きは注目に値する。まずモデルレンジがすっきり整理された。
現在のアストンの量産車は「DB11」と、より軽量でスポーティな「DBS」という2プラス2(後席を備えている)のモデルと、サーキット走行も視野に入れた「ヴァンティッジ」、それに4ドアの「ラピード」で構成される。各モデルの位置づけが明瞭だ。
加えて新たに数かずの限定モデルのプロジェクトも打ち出された。おもしろいのは、F1チームの協力を得るスーパースポーツから、往年のボンドカーの再生産まで、やたら幅が広いことだ。
前者は「レッドブル」F1チームの協力を得て開発が進められてきたスペシャルな限定モデル「ヴァルキリー」だ。レーシングカーで知られる英国コスワースが手がけた6.5リッターV12をカーボンファイバー製のボディに搭載し、最高出力は912馬力だそうだ。
もうひとつは過去のヘリティッジの掘り起こしである。「コンティニュエーション」と呼ばれる「DB4GT」(1959年)など過去の名車を出来るかぎり往年と同じ技術と材料で再生産するプロジェクトだ。
どれも邦貨にして3億円とか4億円といい、売り上げは新型車の開発資金に充てられる。新型車といえば、たとえば「アストンマーティンDBX」である。2019年の第4四半期の発表を目指して急ピッチで開発が進んでいる、アストンマーティン初のSUVだ。また、ハイブリッド・スポーツカーの計画も進行中だとか。
もっとも美しいクルマをつくろう!





「4年前(2014年)に私がアストンマーティン・ラゴンダの経営を引き受けたとき、多くのひとから、このブランドは単独では生き残れない、と言われました」
東京・青山のアストンマーティンのショールームでインタビューをした際、ドクター・パーマーはそのように切り出した。
「私はそれを信じていませんでした。たしかに世の多くのスポーツカーブランドは大資本の傘下に入ってしまいました。でもアストンマーティンにも強靱な体力があります」
そのための効率的なコストカットも、ドクター・パーマーが得意とするところだ。2016年3月発表のDB11では、ドイツのAMGから4リッターV8エンジンを調達して話題を呼んだ。
アストンマーティン自製の5.2リッターV12を搭載するDBSはやはりスポーティな吹け上がりとたっぷりのトルク感が長所なのだが、こちらのV8もアストンのスポーツカーのキャラクターによく合っている。レースにも出るほどのクルマ好きだけあって、ドクター・パーマーの選択はかなり正鵠を射ているといえる。
DBXではメルセデス・ベンツとのコラボレーションをさらに進めることになる。アストンマーティンは明言していないが、シャシーもエンジンもメルセデスのSUVとのパーツ共用性が高められるもようだ。
「アストンマーティンが守っていくべきものはなにか。私じしん、入社したときに答えを求めました。この会社は倒産しなければ、赤字でもよく、生産台数の上限を決めてスポーツカーを作っていけばいいのでは、という意見もありました」
よりピュアなスポーツカーか、それともV12を搭載したラグジュリアスなGTか……。そういう選択でも悩んだとドクター・パーマーは言う。
「たどりついた結論は、もっとも美しいクルマを作ろうということでした。スポーツカーにはじまり、SUVだって、またミドシップ・スポーツカーだって、もっとも美しいクルマにしようと考えています。そうすれば、日本でも中国でも受け入れられるはずです」
もしドクター・パーマーに悩みがあるとしたら、2018年10月3日にロンドン証券市場で公開した同社の株価が低迷していることかもしれない。ただそれについては「いまはブラックアウトピリオド(沈黙期間)。市場とのコミュニケーションがよくなれば株価も上がるでしょう」と笑顔を見せるのだった。
- TEXT :
- 小川フミオ ライフスタイルジャーナリスト
- PHOTO :
- Aston Martin Lagonda