本当に洒落た店は裏通りにある。それができるのは南青山

南青山の魅力は、銀座のような盛り場ではないところです。パリなら良い店はシャンゼリゼではなく、裏通りにあります。高級住宅街の中に、ぽつりぽつり良いレストランやバーがあるのが一番お洒落なのですよ。ひっそりとあるのが重要で、今も昔も南青山はそれができる街です。

『バー・ラジオ』は国道246から少し奥に入った静かなエリアに立地する
『バー・ラジオ』は国道246から少し奥に入った静かなエリアに立地する

ただ南青山には花柳界がないでしょう。お座敷の後に芸姑さんが来てくれる場所だったら、とは思います。玄人さんは厳しいから、店の洗練度が上がっていくのです。

携帯電話の出現が南青山の「ごきげんよう」文化を消した

24歳の頃、『青山アンデルセン』(※1)の裏に『いけばな小原流』(※2)の小原流研究名誉院長・工藤和彦さんの教室があり、入門しました。皇室の方が生徒さんにいらっしゃって、ご挨拶も「ごきげんよう」、私が道具を落としたら、助手の方がさっと来て「お取り致します」と仰って、びっくりしました。

『セカンド・ラジオ』時代の尾崎氏
『セカンド・ラジオ』時代の尾崎氏

今から20年と少しくらい前でしょうか。角から角まで1軒のお屋敷だったのが、代替わりで維持ができなくなって土地を分割したり、マンションになったりして、お金持ちがいなくなりました。マンションならオフィスや普通の人も入居するので、『小原流』の教室にもOLが通うようになり、「ごきげんよう」が「こんにちは」「さようなら」になってしまったのです。このあたりから「ごきげんよう」の文化がなくなりました。

ご当主が亡くなるとがらっと変わるのは、お店も同じです。有名なお寿司屋さんも和菓子屋さんも、代替わりをしたら質が維持できなくて消えました。骨董通りの骨董屋さんもどんどんなくなっていったので、高級な茶道具を求める顧客も来なくなりました。

尾崎氏がイラストを手がけた葉書。年賀状と暑中見舞いは欠かさずゲストに送っていた
尾崎氏がイラストを手がけた葉書。年賀状と暑中見舞いは欠かさずゲストに送っていた

1996〜2000年の移り変わりは凄まじかったですね。携帯電話の出現で、それまではゆっくりだった変化が、一瞬で世界中がひっくり返るようにスピードになりました。携帯電話は流通も変えてしまったでしょう。だから小さいけれど良い呉服屋さんも、宝石屋さんもなくなってしまいました。そこから南青山の大衆化が加速したように思います。今や南青山にもコンビニとドラッグストアができてしまいました。そこから街の格が崩れていくのです。

南青山に相応しい洒落たバーテンダーが増えてほしい

東京には様々なバーがあり、それぞれの地域に合ったバーとバーテンダーがいます。南青山の特徴は、高級ファッションブランドの店が数多く並び、裏通りに気の利いた店がある洒落た街だということ。それが南青山の独自性です。

穏やかな語り口で、南青山のこれまでと、これからを語ってくれた尾崎氏
穏やかな語り口で、南青山のこれまでと、これからを語ってくれた尾崎氏

昔、南青山にバーは『バー・ラジオ』しかなく、孤軍奮闘していました。結局、援軍はできなかったけれど、南青山にもバーの名店ができてほしいですね。そういうお店の周囲には良い店が集まりますから、お客様は南青山のお店をはしごします。そうなれば地域全体が潤います。今も一番格が高いのは銀座ですが、銀座に並びたいじゃないですか。そのためにも、南青山らしい洒落たバーテンダーが増えてほしいですね。

次回からは『バー・ラジオ』を含む、今の南青山のバーを牽引する店を紹介していく。

尾崎浩司さん
『バー・ラジオ』マスター
1944年生まれ。1972年『バー・ラジオ』、1986年『セカンド・ラジオ』、1998年『サード・ラジオ』をオープン。茶道の美意識を基に、独学でバーテンダーとしての現在のスタイルを作り上げる。現在は『サード・ラジオ』を改め『バー・ラジオ』の1店を営業中で、尾崎氏は月に10日ほど店に立っている。華道小原流教授。
※1 1970年、表参道の交差点付近にオープンしたベーカリー。ベーカリーのほかレストランも併設していた。表参道駅のバリアフリー化整備などの公共事業に伴い、2017年に閉店。
※1 19世紀末、小原雲心(おはらうんしん)が『盛花(もりばな)』という新形式のいけばなを創始して、近代いけばなの道を開く。水盤と剣山を使う、今ではメジャーないけばなも小原流が始めたもの。 
この記事の執筆者
フリーランスのライター・エディターとして10年以上に渡って女性誌を中心に活躍。MEN'S Preciousでは女性ならではの視点で現代紳士に必要なライフスタイルや、アイテムを提案する。
PHOTO :
小倉雄一郎
COOPERATION :
ARTS
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