ジントニックがグラスの半分にしか入っていない理由
珍しいアンバサダーの水割りを頼んだあとは、スタンダードカクテルのジントニックでお手並み拝見といこうではないか。てっきり素晴らしいグラスで出されるものかと思いきや、ごくシンプルな器が現れて、少し拍子抜けする。
しかしその手付きは、水割り同様どこまでも慎重だ。そして味が強すぎるという理由でライムではなく、レモンを使う。
ひとつひとつの動きに意味がある。グラスに入れたレモンをバースプーンで軽く押さえたのはレモンの渋みと苦味を出すためであるし、大きく切り出した氷の上にモンキー47を流し込むのも、氷の表面をコーティングし、水っぽくなるのを防ぐためである。
そしてジントニックはグラスの半分ほどしか注がれていない。
「上の空間にジンとレモンの風味が表れます。そこを楽しんでいただきたいのです。これはクリスタルの重厚なグラスだと出すことができないため、薄口のグラスを使用しています」
視覚が制限されているせいか、レモン、ジンの風味がくっきりと浮き上がってくるが、考え抜かれた1杯だけあって、バランスもよく、するすると飲めてしまう。
その思索はグラスを置くコースターにまで及ぶ。繊細なグラスを使っているため、柔らかな錫を使い、グラスが欠けにくいようにしてある。これはきっと言われるまで気がつかない、佐藤氏のさりげないサービスのひとつだ。
配慮したテーブル席の配置
居心地のよさを生むため、佐藤氏のさりげない計算は随所にある。例えば4名席が2つあるテーブルの配置だ。行儀よく整列していない。
これはグループの異なる者同士が、ふと目を合わせて気まずい思いをさせないための配慮だ。 「人生でお酒を飲める時間は限られています。その時間をできるだけ豊かなものにしていただき、笑顔になっていただきたいからです」
空間と自分が溶け合っていく感覚に
また視覚からの情報が少ないからこそ、目に入ってくるものが印象に残る。置かれている家具はヨーロピアンゴシック調で、無機質なコンクリート壁との対比で佐藤氏の中に広がる世界観が伝わってくる。
「アンティークのように年月が経って味が出たものが好きです」と、いう佐藤氏が経年変化を楽しんでいる証拠がカウンターにもある。ある時、開店準備をしていたところ、椅子が倒れるようなけたたましい音がした。店内を見回すも、椅子は倒れていない。カウンターに目を落とすと、ひびが入っていた。
「今も勉強中です」と話す佐藤氏は、店を長く続けることが目標である。しかもただの店ではない。ゲストに最上の満足を与えられる店である。その目的のためには、時間をかけてでも自身の審美眼を強化させ、店を成長させたい意志を感じた。
細心の気配りを、どこまでも努めて自然に。そんな言葉が薄暗い空間の中から浮かんでくる。 最初は何も見えず、何も聞こえない洞窟のようだと感じたこの店内に、自分が溶けて海の中に漂っている感覚に陥ってくる。都心で情報を受け入れずに、カクテルを味わう贅沢さを『バー カフカ』で堪能してはどうだろうか。
問い合わせ先
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バー カフカ
住所/東京都港区南青山3-5-3 ブルーム南青山B1F
営業時間/15:00〜L.O.23:3
定休日/火曜
- TEXT :
- 津島千佳 ライター・エディター
- PHOTO :
- 渡邉茂樹
- COOPERATION :
- ARTS