バックバーのグラスからのぞく尾崎氏の美意識
その店名を聞くと、ある者は若い頃に青山で遊んだ記憶が甦ってくるだろうし、ある者は畏怖の眼差しを店に向ける。『バー・ラジオ』。南青山のみならず、日本のバーの価値観を転換させたバーテンダー尾崎浩司氏の店だ。
1972年、神宮前に『バー・ラジオ』をオープン。スーパーポテトの故・杉本貴志氏が内装を手がけたこの店は、今も第一線で活躍する若かりし頃の文化人が通い、サロンのような存在となる。1982年には南青山2丁目に『セカンド・ラジオ』を、1998年に『サード・ラジオ』を南青山3丁目に開店する。現在は『サード・ラジオ』改め『バー・ラジオ』のみの営業で、尾崎氏は1カ月のうち10日ほどカウンターに立つ。
店に足を踏み入れると、ウッドを基調とした店内をアンバーの灯りが穏やかに包み込んでいる。
常連になると決まった席ができるように、カウンターの中に立つバーテンダーにも定位置のようなものができ、それが様式になっている店もある。
「『バー・ラジオ』は常連のお客様でも、同じ席にはお通ししません。『違う景色が見られますよ』と、様々な席にご案内します。ですので、私にも定位置はありません」
先鋭的なインテリアの『バー・ラジオ』、『セカンド・ラジオ』と違い、ここの内装はヨーロッパの古民家をイメージした、優しくて柔らかい世界だ。
「青山で一軒家があったら店をしてみたいと思っていたら、この物件に巡り会えました。解体した古材を使い、ヨーロッパの古民家風にするつもりでしたが、デザイナーと職人がヨーロッパの古民家を知らず、ちょっと日本の古民家風になったのには少し納得していないですが。とにかくデザインしたことがやけに目立たない、さりげなくて普通であって、しかも上質な空間を心がけています」
1杯目はマンハッタンをオーダーする。作ってもらう間、店内を眺める。『バー・ラジオ』といえば、カクテルに美麗なグラスを用い、それまであった日本のカクテルを洗練させたことで有名だ。そして現在では当たり前になっている、グラスを飾るように並べるスタイルも尾崎氏が始めたもの。
カウンターに目を移すと、尾崎氏が生けた花や著書、アンティークのテーブルランプなどが並んでいる。
それらが内装に調和しているのはもちろん、バックバーのグラス同様、並び方には規則性を感じさせる。尾崎氏が身に着けているベスト、シャツ、ネクタイにもしわは見当たらない。整理、整然、整列、端整…。尾崎氏を表する際に美意識という言葉がよく使われるが、その核にあるのは“整える”ということではないだろうか。それも厳格にではなく、あくまで自然に優美に感じさせる。
美麗なグラスはカクテルをよりおいしく見せるドレス
そんなことをぼんやりと考えていると、おそらく1900年頃にフランスで作られたというカクテルグラスに注がれたマンハッタンを差し出してくれた。
「美しい音楽を奏でるために、一番目立つ指揮者が良くない洋服を着ていたのでは表現できません。良い洋服を着て、良いヘアスタイルで美しく指揮をしなくてはならない。それを自然に力まずに表現することが大切です。それはカクテルも同様。おいしい飲み物を良い器で出されたら、よりおいしく感じるでしょう」
ワイルドターキー ライをベースにしたマンハッタンは、口に含んですぐは軽く感じるが、ライ ウイスキーのスパイシーさが表れる。穏やかな佇まいなのに、芯が通っている尾崎氏のようだ。
問い合わせ先
- バー・ラジオ
- 住所/東京都港区南青山3-10-34
営業時間/17:30〜23:30
定休日/日曜・祝日
- TEXT :
- 津島千佳 ライター・エディター
- PHOTO :
- 小倉雄一郎
- COOPERATION :
- ARTS