ゲストに合わせて分量を変えるジントニック
高級、禁煙、行儀の悪いゲストは入店お断り。さらに半ば伝説と化してしまった尾崎氏の存在で、敷居の高い店というイメージが強い。そのせいか、カクテルも尾崎氏が決めた味しか提供しないものかと思っていたが、リクエストにも柔軟に応えてくれる。
「お好みを忠実に反映するレシピを決めるのに、少しお時間はいただきますが」
それどころか、若手のバーテンダーが訪れると、「若いバーテンダーには上手になって、私を乗り越えてほしいから」と目の前でカクテルを作っても見せる。
若いバーテンダーではないが、ジントニックのレシピを聞いた。
ごくシンプルな手順だが、すべての工程に工夫がある。最初にしっかりステアするのはジンの香りを立たせるため。プレーンソーダをブレンドするのはシュワッとした爽快感を出し、甘さを弱めるため。そもそもジンとトニックウォーターの分量を定めていないのも、ゲストの嗜好に合わせて調整するためだ。
その柔軟性の中に『バー・ラジオ』という様式美を作り上げた自負を感じた。
バーテンダーエプロンにも表れる美意識
フレキシビリティは、尾崎氏が店の格を守るための信条でもある。
「新しい風を取り込みながら基本を守らなければ、古典として生き残れません。基本の上に新しいものを乗せていく。伝統も新しさも、どちらも疎かにするとその店は地位が下がります」
店の格はゲストが作る。だからゲストにも求めることがある。
「今やみんながiPhoneを持って平等に情報が伝わり、世界の果てから迷わずに『バー・ラジオ』まで来られる時代になりました。だから店でも、スライドしたら場面が変わるように、瞬時に何でもできると思われているお客様がいらっしゃいます。ところが良いカクテルは丁寧に作らなければいけないから、時間がかかるのです。焦らず、カクテルができるのを待っていただきたいです。待つ時間をもゆったりと楽しんでいただく。それがバーでのすごし方です」
マナーの部分では厳しいと感じる部分があるかもしれないが、それも氏の美学であり、すべては『バー・ラジオ』を愛する大切なゲストを守るためだ。
取材を終え、席を立った尾崎氏がバーテンダーエプロンを外して、触らせてくれた。『ロロ・ピアーナ』の生地で仕立てたそうだ。
「スーツを作る生地ですから、薄くてしなやかで脚さばきもいい。着けていて気持ちが良いし、疲れないのです」
無論ひとつのしわもない。カウンターに立っていれば、ゲストの目には触れない。そんなところまで細心の注意を払う。やはりこの店には整えるという言葉が、よく似合うと思った。
問い合わせ先
- バー・ラジオ
- 住所/東京都港区南青山3-10-34
営業時間/17:30〜23:30
定休日/日曜・祝日
- TEXT :
- 津島千佳 ライター・エディター
- PHOTO :
- 小倉雄一郎
- COOPERATION :
- ARTS