横浜港では新年を迎える瞬間に、停泊している船舶がいっせいに汽笛を鳴らす。子供の頃から聞き慣れたこの音がないと、どうも正月を迎えた気がしない。小生にとって海に結びついた記憶は長く消えないようだ。ユリス・ナルダンに対するリスペクトが薄らがない理由のひとつも、そこにあるのではないか。アンカー型のシンボルを持つ時計ブランドは、船舶搭載用の高性能機械式時計=マリン・クロノメーターのトップブランドとして世界に君臨していた歴史を持つ。横須賀で展示されている日露戦争時代の戦艦「三笠」も、マリン・クロノメーターはユリス・ナルダン製である。
船乗りたちが認めた高性能機械式時計ブランド「ユリス・ナルダン」
ダイバー クロノメーター コレクション「ダイバー グレートホワイト リミテッドエディション」
そもそもユリス・ナルダンは、日本の時計メーカーもお手本にした先達のひとつである。国産時計初期の新聞広告を見ていると「ナルダン型」という名の最高級品がある。プライドの高い日本人とそのブランドも、絶対的な権威に対しては潔く敬意を払うことを躊躇しなかった。海軍ではたとえ敵国であってもお互いに船乗り同士の尊敬を持つのと同様だ。いまも時計に詳しい人ほどユリス・ナルダンを別格扱いするのには、そんな歴史的経緯があるからだろう。
“ダイバー クロノメーター”は、ユリス・ナルダンによる本格的な機械式ダイバーズ・ウォッチである。海を知っているユリス・ナルダンであるから、海で使うことに信頼感を持つことができる。だからといって海でならしたブランドは、無粋なところを見せない。新作の「ダイバー グレート ホワイト」の装いはとびきりだ。超富裕層好みのメガヨットが並ぶモナコ・ヨットショーで発表された、グレーの文字盤を白で飾るダイバーズは、水際で眩しく映える。とはいえそのスマートな外観の下に300mの防水性能を隠した、極めてシリアスなハイスペックウォッチ。チタン製の44mmケースは軽量かつタフ、ユリス・ナルダンのお家芸であるシリシウム技術を駆使した機械式ムーブメント「UN-118」 は60時間のパワーリザーブを誇る。それはケースバックに刻印されたグレートホワイト・シャーク(ホホジロザメ)と同様に隙がなく、逆らうことができない腕時計なのだ。
汽笛を楽しみにしていた子供であった小生は、大人になって船舶免許を取得した。その時に音響信号の鳴らし方をいろいろ習ったのだけれど、追い越し等の合図として厳密に定められている国際的な決まりと、あの新年の汽笛は全く適合していないことを知る。つまりは船乗りたちが勝手に鳴らしているわけで、楽しく皆で新年を祝っているのだ。海には、ルールブックに載らないルールもある。そうした海の男たちの素敵な不文律に、ユリス・ナルダンの名もきっと含まれているのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト