古いものにこそ値打ちがある。それは人間も同じ
長く続く名店が同じことだけを古いスタイルでしていると、消えてしまう運命にあります。この間『アピシウス』(※1)に行きましたけれども、ソムリエは60歳くらいで、現場に古い人がたくさんいました。すべてに老舗のゆとりを感じさせました。サービスの人に「昔はワゴンでクレープシュゼットができましたよね」と伝えると、「うちはできます」と。
作ってくれたクレープシュゼットのおいしかったこと! 一方で古典だけでなく、新しい料理も出しています。だから良いお客様を集めているように感じました。古典として生き残るためには、基本の上に新しいものを乗せていくことが大切。それを少しでも疎かにすると、その店は地位が下がります。
ヨーロッパの格式高い家柄では、現代絵画ではなく、古典を買います。古いものに値打ちがあるのです。家具もカトラリーもグラスも同じこと。古くとも良いものであれば、時代や流行を超越します。新しいものを使っていたら成り上がりと言われます。
人間もそうです。レストランで一番良い席に通されるのは年配者。磨かれて良い人間になるという考えです。外国の一流のバーやレストラン、ホテルのレセプションに行くと、私みたいな年寄りが必ず1人はいるの。それで横にいる若いスタッフに、それとなくお手本を示していますよ。それが良きことの伝達であり、あるべき教育というものです。
基本を踏まえたうえで、ゲストの嗜好に合わせたカクテル作りを
基本を疎かにしているように感じます。おいしいドライマティーニを作る技術を練習しないで、トッピングをしたり、液体窒素で凍らせたり。新しい手法、自分の味を出すことも必要ですが、基本をちゃんとしておけばおもしろいものは自然と生まれてきます。そこから自分らしいものに発展させてほしい。
あくまで基本の古典的なカクテルをおいしく作れてからになりますが、「うちのマティーニはこれです」と頑として変えないのも間違っています。それぞれに味の好みがあるのだから、お客様が求めているものを臨機応変に汲めるバーテンダーになりなさい。融通をきかせ、豊かで、深い味を表現できるようになってください。
私のカクテルは飾りをほとんどしません。しかし美しいグラスを使いますので、品良くシンプルなカクテルになります。そして味も良く、がポリシーです。でも、もし華美なカクテルを求めているお客様がいらしたら、グラスも味も少し華やかにします。そうしないと店って残れません。新しいものと古い良いもの、時代に合わせる柔軟性を持たないと売れないのです。両立が悪いわけではありません。下品にならぬよう、調和させなさい、ということです。
今のバーテンダーが作るカクテルは、ケミカルな味がします。そして味わいが浅い。でもそれはバーテンダーだけでなく、お客様にも理由があるでしょう。ファーストフードに慣れているから、ケミカルで、わかりやすい味をおいしいと解釈しているのではないでしょうか。素材本来のおいしさを知ってください。体が幸せ、と感じるものこそが本当のおいしさなのです。
- TEXT :
- 津島千佳 ライター・エディター
- PHOTO :
- 小倉雄一郎
- COOPERATION :
- ARTS