本物を見極められる、文化度の高いバーテンダーたれ

バーテンダーは巧みな会話も求められますよね。

『アピシウス』のサービスマンはクレープシュゼットを焼きながら、うまくしゃべりました。だからおもしろかった。店はエンターテイメント性がないといけないのです。ギャルソンもバーテンダーも、しゃべりができてお客様を楽しませてこそ。それがサービス業なの。

『バー・ラジオ』のカウンターには、会話のきっかけになるものが様々並ぶ
『バー・ラジオ』のカウンターには、会話のきっかけになるものが様々並ぶ

カクテル以外のことも知っておかないと、広く、深く、楽しい会話はできないでしょう。それなのに自分の守備範囲のことしか勉強しないように見受けられます。昔は80代のお客様も来てくださったけれど、今は若い人たちしかバーにいない。それは文化的に成熟したバーテンダーが少なくなり、大人のお客様がつまらないと感じているから。バーテンダーだって広い視野を持って、文化的なことも話せるようにならないといけませんね。

今のバーテンダーに必要なことはなんでしょうか?

人間としての豊かさに尽きます。豊かさとは文化。文化度を上げるには、本物の魅力を知ることです。文学、映画、お芝居、アート全般、ファッション、建築全般、食べるもの、飲むもの。衣食住全てにおいて、本物との見分けがつきますか? 

オーガニックコットンの生地を使っていると謳うシャツでも、縫製がポリエステルの糸では本物ではありません。縫い糸までオーガニックコットンを使ってこそ本物。今は見極められる人間が減っているから、本物自体が減っています。

『サード・ラジオ』に置いてある希少なリカーを井上氏に説明する尾崎氏
『サード・ラジオ』に置いてある希少なリカーを井上氏に説明する尾崎氏

本物を知るためには、自分のテリトリー外のものも積極的に関わっていくこと。そうすれば日常のレベルは意識せずとも自然に上がっていきます。優れた飲み物を出し、機知に富んだ会話をし、上質なおもてなしができるバーテンダーになれば、素敵なお客様は来てくださいます。エレガンスやファンテスティックといった最上級の称賛を受けるバーテンダーが増えれば、業界全体のレベルが上がるでしょう。レベルが上がればお客様は増えます。だからチャーミングなバーテンダーになってください。

若いバーテンダーを成長させたい

新たな文化に触れるには僕にとっての尾崎さんのように、牽引してくれる人が必要です。

誰かがリーダーとなって、それを引率して、若い人をそちらに引っ張ってあげないといけないんですよ。で、井上さんが今、それをやる役柄になっている。それを井上さんがやるのにまだ若いので、そのときに私が、74歳の私が手伝って上げるといいんですよ。陰で尾崎もこう言っているよと。いいぐあいに、いいふうに私をつかってくれるといい。

ありがとうございます。

年寄りと若い人がコンビを組んで現場に行くのが一番大事。ほんとうは、全部の分野でそれをやらなきゃいけない。今、レストランへ行ったって、サービスの人たち、ものすごい若いです。ただし、年長者は若者を上から見てはいけません。それを踏まえてヨーロッパのレストランやホテルのように、年寄りと若い人がコンビを組むと良いとは思います。お互いに協力し合う関係が必要です。

いや、もう絶対です。
 
尾崎氏はバー業界全体が盛り上がるため、洗練されたバーテンダーが出てくることを願っている
尾崎氏はバー業界全体が盛り上がるため、洗練されたバーテンダーが出てくることを願っている

若い人には60歳のバーテンダーがいたら、そこに懐いていけばいい、と言いたい。怖い人についていく勇気くらいなければいけない。バーテンダーなら自然体でいて、そして凛としたものも持っていないと。町内のただの親しいおっさんになってはいけないですよ。

現在の私も、まだまだ学ぶべきことはたくさんあります。だから生きていて楽しいのです(文責・編集部)。

尾崎浩司さん
『バー・ラジオ』マスター・華道小原流教授
1944年生まれ。1972年『バー・ラジオ』、1986年『セカンド・ラジオ』、1998年『サード・ラジオ』をオープン。茶道の美意識を基に、独学でバーテンダーとしての現在のスタイルを作り上げる。現在は『サード・ラジオ』を改め『バー・ラジオ』の1店を営業中で、尾崎氏は月に10日ほど店に立っている。華道小原流教授。
井上大輔さん
バー『ARTS(アーツ)』のオーナーバーテンダー
南青山3丁目にあるバー『ARTS(アーツ)』のオーナーバーテンダー。尾崎氏を思慕するバーテンダーの一人。尾崎氏の美意識を追求する姿勢を敬愛し、自らもバーとはおいしい酒を嗜む文化・芸術の実験的空間と捉え、店名を『ARTS』とする。
この記事の執筆者
フリーランスのライター・エディターとして10年以上に渡って女性誌を中心に活躍。MEN'S Preciousでは女性ならではの視点で現代紳士に必要なライフスタイルや、アイテムを提案する。
PHOTO :
小倉雄一郎
COOPERATION :
ARTS
TAGS: