1968年は喧騒の年であった。欧州ではプラハの春が起こり、アメリカではロバート・ケネディとキング牧師の暗殺事件があった。アジアでは中国の文化大革命の真っただ中で、ベトナム戦争は泥沼化する。ぼくらのヒーロー、スティーブ・マックイーンはそんな揺れ動く世界を眺めながら、今回とりあげる『華麗なる賭け』の封切りを自信と不安の錯綜する心境で迎えたのだと思う。
1968年当時周りが追いつけなかったおしゃれ感覚
スリルの男、スティーブ・マックイーンが魅せる華麗なる3ピーススーツ姿
当時の批評家たちはこの映画をはっきり駄作と評した。興行的にもそれまでの『大脱走』や西部劇にくらべれば惨澹たるものであった。しかし、それがどうだ。いまや『華麗なる賭け』はマックイーンの最高傑作のひとつに数えられている。
その理由のひとつが、作品を貫いている「おしゃれ感覚」なのである。それまで男くさい男がはまり役だったマックイーンが初めて挑むアメリカ東部ボストンのミリオネア役。その姿形を整えたのが60年代ロンドンのファッションリーダーのひとりであったテーラー、ダグラス・ヘイワードだった。
サヴィル・ロウの古典的テーラーたちとは一線を画した、ロック時代、テレビ時代に向けたデザイン性の強いスーツは、そのままでは古都ボストンの香りがしない。スタイリストのロン・ポスタルを交え、たどりついた結論がトーマス・クラウン(マックイーンの役名)調とでもいうべき、シャープなカッティングと豊かな色彩感覚がベースになったスーツとそのコーディネーションだったのだ。
映画冒頭で登場するグレンチェックの3ピーススーツ。かろやかに青みがかったグレー、キレのいいドレープが揺れるカット。あわせるのは同系色のシルクタイとシルクのシャツだ。この男はただものではない。秘めたる野望の雫が滴るようなスーツスタイルを仕上げる最後のワンピースはファイ・ベータ・カッパ(アメリカ最古のエリート学生クラブ)のキーだ。
相手役の女優、フェイ・ダナウエイも、着替える着替える。70年代のカルダンやマリー・クヮントを予感させるファッションドールのような保険調査員。しかも車はフェラーリ275GTB/4NARTスパイダー。そんなふたりがドラマ『24』ですっかり有名になったスプリット・スクリーン(分割画面処理)のなかでからむ。あまりに早く、あまりに斬新な感覚に1968年の批評家たちはついてこられなかった。
※2012年秋号取材時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
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- ILLUSTRATION :
- ソリマチアキラ