いつもヨーロッパにばかり行っている私にしては珍しく、昨年はアメリカ、それもニューヨークに二度ほど行く機会があった。なかでも私の著作『サルトリア・イタリアーナ』の英語版出版記念サイン会を、由緒あるリッツォーリ・ブックストアで開催できたのは、作家としてこれ以上の幸福はなかなか無いのではないだろうか。久しく縁がなかったニューヨークにも何がしかの縁を感じずにはいられなかった。

 久しぶりのニューヨークはかつての治安の悪さは影を潜めていたが、この街に渦巻くダイナミックなエネルギーは健在だった。私の自発的な連載「世界のバー探訪」、今回はニューヨークのバーを訪ねてみることにした。

 ところでニューヨークらしいバーといえば、誰もがカーライルホテルにある伝説のバー、カーライルを思い浮かべることだろう。だが、今回は趣向を変えて新しいバーを紹介したい。というのもニューヨークの私の友人たち、多くはウェルドレッサーとして海外の媒体にも登場する趣味の良い彼らに「ニューヨークで今行くべき場所は?」と尋ねると、異口同音に彼らが勧めるのがフリーマンズなのだ。これは行かないわけにはいかない。

男の憧憬を掻き立てる隠れ家バー BANZARBAR

ニューヨークにある隠れ家バー「BANZARBAR」©️Rose Callahan
洗いざらしのウッドフロア、剥製のトナカイが飾られたラスティックなインテリアが居心地のいいレストランエリア

 2003年にバワリー地区のフリーマンズ・アレーの突き当たりにオープンしたフリーマンズ レストラン。オーナーであるレストラン経営業のターボ・ソマー氏とウィリアム・タイガート氏が目指したのはアメリカのコロニアル調タヴァーン(居酒屋)である。自宅で友人とテーブルを囲んでいるような親密な雰囲気、ボリュームのあるリブアイステーキにマッシュドポテトといったシンプルで真っ当なアメリカンフードが人気を呼び、2011年には2階部分を含めて150席のレストランへと拡張した。全150席という多さにもかかわらず、未だに予約を取るのが困難だというから、その人気ぶりが伺える。

 2019年1月に再オープン予定のバーバーやメンズウェアストアのフリーマンズスポーティング・クラブは東京にも支店があるので、ご存知の方もいることだろう。

共同オーナーのウィリアム・タイガート氏。高校時代には長野県に住んだこともあり、日本語も理解できる

 オーナーのウィリアム・タイガート氏は1992年にロスアンジェルスからニューヨークへ移住。世界の食材を探すのを趣味としている彼は、昨年、このレストランの2階にBAMZARBARをオープンした。このバーはドアの横のプレートが無ければここにあることがほとんどわからない、まさに隠れ家のようなスペースだ。

 BAMZARBARという不思議な名前は1929年から1931年にかけて行われた英国、オーストラリア、ニュージーランド合同の南極探検隊British,Australian,New Zealand Antarctic Research Expeditions(BANZARE)に由来している。壁にかかった絵画やカクテルといったバーメニューもこの探検に因んだものだ。このバーはその探検の疑似体験ができる場所ということらしい。

「レストランは10年以上続けていて、ニューヨークシティのクラシックになりつつある。だから何か新しいことがしたかった。すでにレストランにはバーがあるので、ここは限定した人だけが楽しめる特別なスペースにしようと考えたんだ。席は20席のみ。レストランの方は1階、2階と広さもあって、友人や家族といった大勢で楽しめるカジュアルな雰囲気だが、ここではカップルなどもっと少人数向けだ。カクテルやフードのメニューからグラス類に至るまで、このバー専用のプレミア感のあるものを用意している」

マスターバーテンダー、エリン・リースによる独創的なカクテルもここを訪れる楽しみのひとつだ

 ここのメニューはすべてがこの南極探検に因んだもの。例えば、ウィリアムが最も好きだというカクテル、ディセプションアイランドは南極海に浮かぶサウスシェットランド諸島のひとつ、デセプション島に因んでいる。

 ジンとジャガイモを主原料にした北欧の蒸留酒アクアヴィットのカクテルは、オリーブリーフとタイムが仄かなアクセントとなり、未熟ぶどうから絞ったグレープジュース、ヴェルジュの酸味とスピリッツの味わいが爽やかなショートカクテルだ。

最もウィリアムが好きだというカクテル、ディセプションアイランドは南極の海への探険を想起しながら飲むのが正しい

 確かにこの場所は探険家という言葉が喚起させるラギッドなイメージに満ちているが、そもそもなぜ男は探険に憧れるのか? 

 Wikipediaによれば、探険とは「未知の地域へ赴いてそこを調べ、何かを探し出したり明らかにする行為のことであり、一般には危険を伴うものをされる。探険の文字を使う場合、危険を冒すという意味合いが強くなる」。

 未開の場所へ行き、調査を行い、人類史上知られていない事実を発見するために自らの生命も捧げる男たち。確かに彼らエクスプローラーへオマージュを捧げる作品やコレクションは今でも後を絶たない。

「なぜ、男は探険のイメージが好きなのかって? それは実際に誰も探険に行かないからじゃないかな。行ったら辛いし、過酷で寒い。誰もそんなことはしたがらない。自分が一生することはないと知っているからこそ余計に憧れるんだろうな。体験しないから、ずっとロマンチックなイメージを保ち続けていられるんだろう」とウィリアムは夢見がちに語った。

わずか20席の店内はテーブルごとに展開する物語がある

 ここでは架空の冒険が楽しめるような、想像力に溢れたメニューが用意されている。新たに登場し、人気を博しているのが5種類のカクテルとフィンガーフードを合わせた約2時間のテイスティングメニュー。カップルでの予約が多いという。

「5杯もカクテルを飲むと酔っ払ってしまうと思うかもしれないが、このコースのカクテルはアルコールを低めにしてあるので、酒に強くない人でもコースを楽しめる。もともとはバーを想定していたからナッツなど簡単なものしか用意していなかったが、ここで飲みながら食べたいというリクエストが多くて、フードも出すことにした。ニューヨークではアルコール消費量は減少傾向にあるが、それでもバーの雰囲気を楽しみたいと思う者は多い。そこから、この低アルコールカクテルとフードペアリングのメニューのアイデアが生まれたんだ」

 最後に、長年、人気店を継続して来られた理由は? と聞いたところ、「同じことをしていたら、ニューヨークではすぐに人々は飽きてしまう。いつも求められているモノはなにか、なにか改善できる部分はないか、考えてるんだ」

 店の片隅に座り、お客の様子を眺めていることも多いらしい。眼鏡をかけた穏やかそうな紳士がカウンターの奥に座っていたら、それがウィリアム本人だ。

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この記事の執筆者
ジャーナリスト。イギリスとイタリアを中心にヨーロッパの魅力をクラフツマンシップと文化の視点から紹介。メンズスタイルに関する記事を雑誌中心とする媒体に執筆している。著作『サヴィル・ロウ』『ビスポーク・スタイル』『チャーチル150の名言』等。
公式サイト:Gentlemen's Style