ライン、ボリューム、色彩、疎密── すべての調和が独自のスタイルを生み出す
むだのないライン、豊かな造形、洗練された色彩、疎と密の対比──すべてが絶妙なバランスで成り立っているからこそ生まれる美しさ。それは、物事を多面的にとらえ、調和を見極める「カルティエ」独自のクリエイションに向き合う姿勢を鮮明に映し出しています。

希少なエメラルドが彩る、幾何学的なオープンワーク
軽やかに動くメッシュ構造のネックレス。精巧なつくりのリングは、先端が揺れ動く。オニキスとダイヤモンドの色と光のコントラストが、ジュエリーの躍動感と立体感を強く印象づける。ネックレスの中央では3石のコロンビア産エメラルドが絶妙な調和を保ち、幾何学的なオープンワークをリズミカルに彩る。
シンメトリーとアシメトリー、静と動── 対極のものを融合させることで生まれる美しさ

視覚だけにとどまらず、感性や感情にも訴えかける「カルティエ」が追求してきた「対比」。それは常にデザインの根幹にあり続けてきました。対極の要素のバランスを探り、融合することで生まれる、言葉に尽くせぬ力と魅力。「カルティエ」にとってのコントラストは、調和を壊すためのものではなく、調和を際立たせるための手段だといえます。
モダンな意匠に秘められた魔法のような「動の美」

ダイヤモンドの輝きをまとったアーチ形のモチーフが精巧な連結構造によって連なり、ひとつの向きを変えると全モチーフが連動する、遊び心に溢れたデザイン。その構造から柔軟性にも秀でており、デコルテにしなやかにフィット。躍動感を強調するアシメトリーなデザインを、鮮明なピンクスピネルが華やかに彩る。
「控えめな表現のなかで明確なラインを描くことは、洗練されたシンプルさのパラドックスそのものです。物事を異なる視点から眺める技術であり、バランスを正確に見抜く技術でもあります。このコレクションは、創造的なアプローチの中核をなすバランスの技術であり、“カルティエ” のハーモニーを明らかにします」ジャクリーヌ・カラチ(カルティエ ハイジュエリー クリエイティブ ディレクター)
身にまとう喜びを感じる、指先から伝わる繊細な細工

果実のように鮮やかなピンクスピネルは、5カラットを超える希少な大きさ。その左右には、アーチ形の装飾がシンメトリーに並ぶ。モチーフのひとつひとつがネックレスと同様の構造によって軽やかに動き、つい触れてみたくなる。静から動への変化が楽しめる、身にまとう喜びを体感できる作品。
「カルティエ」のクリエイションの根幹に息づくもの── それは “何事にも節度” という考え方

“何事にも節度” とは、「カルティエ」に創業から伝わるメゾンの美意識であり哲学。何事も過剰に陥らないことで、そのスタイルは洗練を極めてきました。「カルティエ」にとって節度は、抑制ではなく “知性”。永続する美を支えるために必要不可欠なものなのです。
ダイヤモンドから放たれる多彩な光が生み出すリズム

ハーフムーン、バゲット、ペアシェイプなど、さまざまなカットのダイヤモンドが多彩な煌めきを放つ。石の内部に十分な光が入るように設計されており、しなやかさも特徴のひとつ。身にまとう人の動きに合わせて、リズミカルに輝く。モダンデザインのダイヤモンドジュエリーは、アールデコ期から「カルティエ」が得意としてきたもの。
独創的なカットの宝石が完璧なハーモニーを奏でて

個性豊かなカットの宝石で構成されたリング。主石は約15カラットのスリランカ産サファイアで、シュガーローフカットと呼ばれるピラミッド形がユニーク。その周囲にはテーパードカットのダイヤモンドとサファイアビーズが配され、直線と曲線、フォルム、色彩の対比が、デザインの独創性を際立たせる。
新たなコレクションによって解き明かされる「カルティエ」の創造の原点
調和と均衡を追求して生まれた「カルティエ」の新ハイジュエリーコレクション『アン エキリーブル』。その作品の特徴には、むだを削ぎ落したライン、力強くも洗練されたフォルム、色彩の絶妙なバランス、疎と密の空間配置などが挙げられます。対極にあるものがバランスを保ちながら融合し、唯一無二の美を創造していく──こうした「節度ある美しさ」の探求は、創業の時代から、「カルティエ」のクリエイションの根幹に息づいてきました。
本コレクションでは、シンプルさと華やかさ、シンメトリーとアシンメトリー、繊細なグラデーションと鮮やかな色彩といった、相反する要素が融合され、独自のハーモニーを奏でています。
今回に限らず、対極にあるものが生み出す「コントラスト」は、メゾンの作品制作において重要な役割を担ってきました。「カルティエ」はあえて異なる要素を組み合わせ、調和させることで、ほかにはないクリエイションを創造してきたのです。例えば、工業用金属だったプラチナとダイヤモンド、獰猛なパンテールとエレガントな貴婦人、洗練された腕時計と堅牢な戦車(タンク)など。メゾンの歴史においても、それは証明されています。
『アン エキリーブル』(均衡を保って)という名が示すように、本コレクションの核心は、まさに「バランスの妙」にあるといえるでしょう。その重要性は、動きを追求したジュエリーの例ひとつを見ても明らかです。デザインと技巧のどちらにも偏らず、両者のバランスを保つことで、緻密な構造のジュエリーにしなやかな動きが生まれ、身につけたときも快適に。また、希少なジェムストーンもその美しさだけにこだわらず、デザインとの調和を図ることで、全体の完成度を高めることができます。
視覚的な造形だけでなく、目には見えない美しさの秩序や、人の感性や感情にも踏み込んだ『アン エキリーブル』コレクション。それは単なるハイジュエリーコレクションという枠組みにとどまらず、時代や流行を超えて存在する、永遠に色あせない美の本質を映し出しているのです。
【Atelier Report】フランス屈指の宝飾職人が集う「カルティエ」のハイジュエリー工房へ

限られた人々しか足を踏み入れることのできない「カルティエ」のハイジュエリーアトリエへ。職人たちは、『アン エキリーブル』コレクションの発表を前に作品を制作中。珠玉のハイジュエリーはどのようにして生まれるのでしょう? その舞台裏を公開します!
ハイジュエリーコレクション制作の舞台裏を現地特別取材!
デザインとサヴォアフェール、伝統と革新が融合する創造の場── それが、「カルティエ」のハイジュエリーアトリエです。ここでは、すべての作品制作がデッサンと宝石の選定から始まり、熟練の職人たちの手仕事によって進められます。
アトリエの仕事はマウンター(枠づくり)、ジェムセッター(石留め)、ポリッシャー(研磨)、エングレーバー(彫刻)といった専門ごとに分かれ、それぞれの職人が作品を完成させるための役割を担っています。
マウンターはプラチナやゴールドで宝石を収める構造部分をつくり、ジェムセッターは各宝石をミクロン単位の精度でセッティング。ポリッシャーは研磨によって金属の輝きを際立たせます。工程ごとに厳格な品質管理が行われ、アトリエ責任者はデザイナーと緊密に連携を取り合います。
必要があれば調整が行われ、完璧な左右対称性が求められるデザインでは、わずかなずれも見逃さず、微調整が続けられます。
現在、一部の工程では3Dツールも使われていますが、制作の中心はあくまで手作業によるもの。伝統のサヴォアフェールと革新の融合こそが、「カルティエ」のハイジュエリーの定義なのですから。
また、メゾンの哲学は、決して妥協しないこと。見た目の美しさだけでなく、作品の見えない部分やつけ心地のよさにも最善を尽くし、すべてに最高の基準を満たすことを目標としています。
そして、多くの作品は、特定の顧客や展示会のために制作されますが、ハイジュエリーコレクションの発表は期日が決まっているため、どれほど複雑であっても期限内に完成させなければなりません。大きなプレッシャーではあるものの、職人たちは毎回、大きな学びを得ており、希少な宝石を扱うことは特別な経験になります。
「カルティエ」には、“石が導き、私たちがそれに従う” という言葉があり、多くの場合、宝石からインスピレーションを得てデザインが決められています。
ハイジュエリーの制作の現場では、デザイナー、各分野の職人、宝石の専門家、ポリッシャー、品質管理者が一体となって作業にあたり、数百時間かそれ以上の時間をかけてひとつの作品を完成させていきます。
完成までに10回以上の修正や試作を繰り返すこともありますが、そうした場合、段階ごとに関わったすべての職人が記録を残します。技術部門による検証も重要で、安全性は絶対に守られなければなりません。作品は完成したら最終的な検査へ。さまざまな照明のもとで観察し、つけ心地も試されます。すべての基準を満たして初めて、その作品は「カルティエ」のハイジュエリーとして認定され、のちに歴史の一部としてアーカイブに登録されます。各作品には固有の番号とドキュメントが付与され、これによって何年後でもその起源やプロセスをたどることが可能に。これこそが「カルティエ」のレガシーであり、世代を超えて受け継がれる卓越性なのです。
「カルティエ」のハイジュエリーは、単なるものではありません。何百時間にもおよぶ作業、情熱、献身の結晶であり、それこそが作品を特別なものにしているのです。

「カルティエ」のハイジュエリーは、宝石ありきで制作が進められることが多く、このネックレスも色鮮やかなエメラルドビーズがクリエイションのインスピレーション源となった可能性が高い。まず、宝石にインスパイアされたデザイン画が描かれると、このアトリエではデザイナーとテクニカルエキスパートがペアを組み、最初から最後まで制作を見守ることが慣例となっている。それによって、メゾンのスタイルと世界観、デザインの一貫性が守られるという。

この段階でデザインが立体に。スケッチをもとにモデリングワックスを使って原型を制作。この原型はデザインチームによって、サイズやバランスが入念にチェックされ、手直しが加えられていく。宝石をセッティングする位置や透かし細工を施す位置も、この段階で決められる。

ワックスの原型からつくられた金属製のパンテール。モチーフはいくつかのパーツに分けられ、作業が進められる。これは頭部で、糸鋸を使って透かし細工が施されている。

バラバラだったパンテールが再びひとつに。脚と胴体をつなぐ箇所には、脚の向きがずれないように円筒形のガイドピンが付けられている。研磨の工程を経て、いよいよ宝石がセッティングされる段階に。

プロファイリングと呼ばれる、ジェムストーンの選定と配置の検討のためのテスト。実物大のスケッチの上に宝石をセッティングしたパンテールのモチーフとエメラルドビーズを置いて、サイズやボリューム、オープンワークの効果などが入念に確認される。パンテールが抱える象徴的なダイヤモンドも、実際に置いてチェック。

ゴールドビーズもスケッチの上に置いてプロファイリングが続けられる。ビーズのネックレスは、色のトーン、石の透明度、美しいラインを描くかの確認が重要に。理想のラインを描くには、問題になっている石を見つけ出し、1石、2石と少しずつ入れ替えていくことを繰り返すのだそう。多大な時間を要する、気が遠くなるような作業。また、この過程で宝石が壊れてしまうこともあり、代わりの石を見つけるのも大変な労力を要する。
エメラルドの滝で遊ぶ、オープンワークのパンテール

完成したネックレス。エメラルドビーズは柔らかなグリーンが魅力のコロンビア産。卓越したアンフィラージュ(糸通し)技術により、美しいラインを描く。ビーズにはファセット(カット面)がつけられ、みずみずしい煌めきを放つ。
※文中の表記は、PT=プラチナ、WG=ホワイトゴールド、PG=ピンクゴールドを表します。
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
問い合わせ先
- PHOTO :
- 武田正彦
- コーディネート&取材 :
- 鈴木春恵
- 構成・文 :
- 福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
- WEB構成 :
- 松野実江子(Precious.jp)