イタリアで初めて手でつくり上げたチャッカブーツを、最近、倉庫から探し出した靴職人の鈴木幸次氏。丸みを帯びた木型は、無骨で飾り気ははく、朴訥とした雰囲気が漂う。彼が靴づくりを始めてから今日まで、濃密でありながらも、瞬く間に時が過ぎ去った20年である。

イタリアで修業した靴職人の先駆け「スピーゴラ」鈴木幸次氏の偉業

 

 鈴木氏は、1997年にイタリアのフィレンツェに渡った。父親が婦人靴のパタンナーのため、ときおり仕事を手伝っていたが、日本のパターンメイキングと大量生産でもクオリティの高い靴をつくるイタリアのパターンとの差は何か、と気になりだしたのが動機だった。

 訪れたのは、まず、フィレンツェの隣街シエナ。シエナには、外国人を対象としたイタリア語を教える公立学校があり、そこで語学の勉強を始めた。学校に通い出して間もなく、友人のパーティで靴職人のロベルト・ウゴリーニ氏を紹介され、彼の工房を訪ねる機会を得た。

 一足一足、手でつくる靴を目の当たりにしたのは、まったくのはじめて。ウゴリーニ氏が手がける靴を見て、強烈な衝撃を受ける。靴のパターンメイキングをイタリアに勉強しに来た鈴木氏だが、迷うことなく工房での手伝いを申し出る。ウゴリーニ氏が快く受け入れたことで、パターンの勉強、靴づくりの修業が始まった。

工房で靴をつくっているときが、最も自然でリラックスできる時間。ひとつひとつの小さな仕事の積み重ねで、端正かつ色っぽい「スピーゴラ」の靴が完成する。

 しかし、鈴木氏は、工房で手伝いを始めても、手づくりの靴を真剣に自分の仕事にしようとは思えなかった。ウゴリーニ氏が「自分の靴をつくっていいよ」と言い出すまでは。冒頭で触れた倉庫に眠っていた靴は、靴職人になることを決定づけた、思い出深い一足である。

靴づくり中心の生活を満喫、そして……

靴づくりのすべては手仕事。クロコダイルを素材にした、エレガントな靴の製作中。ひと針ひと針、出し縫いを施す。

 その後は四六時中、靴のことを考えていた。すべての行動は靴づくりのため。

しばしば週末に開催されるフィレンツェ各地のアンティーク市に行けば、いつの間にか靴の道具探しに夢中になっている。ボローニャで開催する「リネア・ペッレ」という革の展示会にも通い、革の種類や見立てを学ぶ。靴屋があれば、ショーウィンドーを覗いて気になる靴を物色。家にいれば、靴のパターンやデザインのアイディアを思い浮かべる。とにかく、靴を中心とした生活であった。

仕上げの磨き。顧客の好みに合わせてツヤ感を調整する。

 ウゴリーニ氏は、一から細かく靴づくりを教えてくれた。同時に恵まれたのが、他の工房で働くベテラン靴職人からの教え。自分で試行錯誤しながらやってきた仕事も、わからないことがあると手が止まってしまう。ひとつふたつと悩んでいた技術の壁を、ベテラン靴職人のアドヴァイスで突破できた。さらに、自分の技にすることで、次々の工程がいとも簡単につながっていった。

 1990代後半から2000年代に入ると、靴のコバが張り出した重厚感のあるノルヴェジェーゼ製法の靴が、世界的に大人気となった。鈴木氏は、厳しい冬の朝から、堅牢なノルヴェジェーゼを1日中縫いまくったという。それでも靴づくりの厳しさを感じることなく、むしろ面白がって続けた。

 やがて、師匠と弟子という関係では収まらないほど、ウゴリーニ氏とは靴づくりの同志となった。しかし、鈴木氏はいよいよ工房を離れることになる。

 「何かが違う」。このまま工房に居れば、自分へのニーズも増えるだろうし、新しい仕事にも出合えるかもしれない。それでも独立しなければならない時が来た。自分の靴をつくるために……。

神戸の工房から、世界に認められる靴をつくる

 帰国後の2001年、パターンメイキングを仕事とする父親の工房の片隅で、オーダーメイドの靴をつくりはじめた。ブランド名は「スピーゴラ」。イタリア語で魚の「鱸(すずき)」をスピーゴラと言うことから、名字の鈴木とかけた。 

フィレンツェのアンティーク市などでそろえた、靴づくりを支える数々の道具。使い方も知らずに手に入れたものも、今では無くてはならない相棒である。

 しかし当時は、釘ひとつイタリアと同じものはなかった。「みんな、何を使って靴をつくっているんだろう」とさえ思った。東京には手づくりで仕上げる靴職人はいたが、関西には皆無。

日本に帰ってきたものの、年に4回はイタリアを訪ね、靴の素材を仕入れることになる。中底、カウンター、ノリ、釘など、すべてがイタリアのもの。

 今でこそ、メールで釘も買えるが、ブランドを立ち上げた頃は、まだまだ日本における新しい世代の靴職人が手がける、注文靴の黎明期のような時代であった。

「スピーゴラ」の靴は、師匠であるウゴリーニ氏の靴を原型につくりはじめた。やがて、イタリアやイギリス、フランスの古い靴のスタイルや技法を取り入れて、独自のスタイルをつくり出していった。色気のあるフランスの香り、イギリスの堅牢な底づけを応用していく。

2階のオーダーサロンに用意されたサンプル。エレガントなロングノーズから、カジュアルなラウンドトウまで、様々なデザインがそろう。手に取って、革の質感をじっくりと見るのも楽しい。

 オーダーメイドによる手づくり靴が、神戸から浸透していくなかで、メンズファッション誌を中心に、靴職人・鈴木幸次氏が注目されるようになる。『マンスリーエム』『エスクァイア』『メンズEX』などに紹介され、「スピーゴラ」の靴が知れ渡る。

 現在の工房を2003年に新築。翌年には東京でのトランクショーをホテルの一室で展開し始めた。時はまさに、手づくり靴のブーム。イギリスで学んだ先達だけでなく、イタリアで技を習得した鈴木幸次氏など、海外で修業した帰国組の靴職人たちが主役になったのである。鈴木氏が日本での靴づくりの仕事に、はっきりと手応えを感じたのは、この時だ。

工房は2階建ての一軒家。1階は、靴づくりの主戦場となるアトリエである。一番奥の作業台が、鈴木氏の特等席だ。

 月日を重ねるなかで、靴づくりもどんどん洗練され、注文の数が増えていく。注文を受けて、希望に合わせて靴をつくるのは当然だが、折角「スピーゴラ」が選ばれたのだから、ほかの靴ブランドよりもさらに好感を持ってもらうためには何をすればいいのか、と鈴木氏は考える。デザインや製法、仕事の丁寧さなど、細かいところを挙げていけばいくつもの要素があるが、常に上を目指し続けた。

 そのひとつの方法が、鈴木氏が思い描く靴のスタイルやデザインは、ドレスの靴も、カジュアルな靴でも、多くの顧客が望むものに、さらに気の利いたテイストを加えること。それが、「スピーゴラ」のよきイメージをつくり、オーダーメイドの受注が続いていく。デザインの幅の広さでは、クロコダイルのゴージャスな靴もつくる一方で、オーソドックスな黒のストレートチップも「スピーゴラ」の顔とするのである。

 振り返ればウゴリーノ氏の下で、鈴木氏が日本人初めての弟子になって以降、ウゴリーニ氏の門をたたいた日本人の職人がいる。これもすべて、鈴木氏の靴づくりにかける情熱と、日本人特有の繊細な技術などが認められたからに他ならない。日本で活躍する靴職人が今、続々と増えるなか、鈴木氏のフィレンツェでの修業のはじまりこそが、日本におけるイタリアの感性を持った靴づくりの嚆矢となったのだ。

 現在、日本だけでなく、海外でのトランクショーも積極的に開催する「スピーゴラ」。香港、シンガポール、フィリピン、ニューヨークなどの顧客に刺激されながら、イタリアと日本で磨き上げてきた靴づくりは、これからどう進化していくのか。楽しみである。

問い合わせ先

  • スピーゴラ
  • 価格/ビスポーク(仮縫い1回あるいは2回)¥350,000~
  • TEL:078-641-1343
    住所/〒653-0835 兵庫県神戸市長田区細田町5-2-16
    不定休(土・日は予約制)
    ​http://www.spigola.jp

鈴木幸次氏、イタリア修業時代を語る!

ビスポークを極めしふたり【鈴木幸次×矢部克已】の濃密対談

鈴木氏が初めて手づくりで仕上げた、思い出深い靴。丸みを帯びたトウは、当時最も好きな木型のひとつ。修業時代にフィレンツェで過ごした証が、すり減ったソールに刻まれている。

 ほぼ同時期にイタリアのフィレンツェに滞在していた、「スピーゴラ」のオーナー兼靴職人の鈴木幸次氏と、本誌エグゼクティブファッションエディターを務める矢部克已。

 10年以上前、取材をきっかけに知り合ったふたりだが、そんな背景もあり、対談はリラックスした雰囲気で行われた。「イタリアに行くことを決めたのはなぜか」「靴づくりの師匠となった、ロベルト・ウゴリーニ氏との出会いは?」……。

 まだまだ知られていない、鈴木氏の修業時代の秘話が明かされる!

矢部克已。本誌エグゼクティブファッションエディター。1964年東京生まれ。イタリア語の勉強とファッションの現場を取材するため、1997~1998年にイタリアに滞在。そのうちの4か月ほど、フィレンツェにも住み、工房や工場、デザイナーを取材した。
鈴木幸次氏。「スピーゴラ」のオーナー兼靴職人。1976年神戸生まれ。日本国内はもちろん、世界の舞台でオーダーメイドのトランクショーを開催する。香港、シンガポール、ニューヨークなど、多くのファンを持つ日本を代表する靴のマエストロである。
対談を行ったオーダーサロンの隣には、顧客の木型が並ぶ。約200足分のストックは壮観な眺めだ。

ゲストを招いて1夜限りの特別なトークショーを開催

 連日暑い日が続いた、とある7月の夜。『メンズプレシャス』と「スピーゴラ」とのコラボレート企画となるトークショーを開催。靴ブランド「スピーゴラ」が誕生してから17年を迎えた今年、初めて開催された、未知なるイベントとなった。

カ デル ボスコのフランチャコルタを片手にして、1時間に及んだトークショー。「スピーゴラ」の靴を愛用する顧客や、日ごろから付き合いのある取り引き先の方などが集まった。脱線あり笑いありの、終始、和やかな雰囲気に包まれた。

 工房の1階と2階にオーディエンスが座る席や、イタリアンをベースにした軽食が準備され、「スピーゴラ」の鈴木幸次氏が好きなイタリアのスパークリングワイン、フランチャコルタで乾杯。リラックスした雰囲気に包まれながら、本誌エグゼクティブファッションエディターの矢部克已が、鈴木幸次氏に質問するスタイルでトークショーを展開。

 靴づくりの裏側を探るイメージソースに関する問いかけから、これまでの仕事で変化してきたことや、日本人の靴職人が世界で人気の現在の状況など、靴にまつわるディープな話を、約1時間にわたって繰り広げた。

 招待された「スピーゴラ」の顧客をはじめ、靴素材などの取り引き先の方を招いて開かれた、エクスクルーシブなトークショーの動画は、近日中にwww.spigola.jpでアップ予定です。

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この記事の執筆者
ヴィットリオ矢部こと本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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